[名勝負編]


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[G4] 1988年 10.19 ロッテ対近鉄 ダブルヘッダー(川崎球場)


◇ 10.16

     試合 勝 敗 分 勝率  差 残
西武  130 73 51  6 .589
近鉄  126 72 51  3 .585 0.5  4
1988年(昭和63年)パ・リーグペナントレースは、西武(森祇晶監督)と近鉄(仰木彬監督) に絞られ、10月16日に西武は首位で全日程を終了。 近鉄の残り4試合の勝敗の結果でリーグの優勝が決定する。 この時点での近鉄が優勝するための条件は、4勝、3勝1敗、3勝1分、2勝2分。 1勝3分で両チームが同率、それ以外では西武の優勝になる。

◇ 10.17、10.18
近鉄は17日に 1-2 で阪急に負け、残り3試合全勝が優勝の条件。 18日は 12-2 でロッテに勝つ。
     試合 勝 敗 分 勝率  差 残
西武  130 73 51  6 .589
近鉄  128 73 52  3 .584 0.5  2
残るは19日のダブルヘッダー。近鉄が連勝すれば優勝、それ以外は西武の優勝。

◇ 10.19 ロッテ対近鉄 ダブルヘッダー(川崎球場)
第一試合は9回を終わって同点の場合は延長戦を行なわず引き分けになるという規定。
・第一試合(試合開始13:00 試合時間3:21)
近 000 010 021|4
ロ 200 000 100|3
  小野7-○吉井1-S阿波野1
  小川8 1/3-●牛島2/3
ロッテ愛甲の先制2点本塁打、近鉄鈴木1点本塁打、ロッテ佐藤健1点2塁打で 1-3とリードされた近鉄は、8回表一死1,2塁から代打村上の2点二塁打で 同点に追いつく。
近鉄は9回表一死二塁から鈴木が右前安打を打つが、代走の二塁走者佐藤(純)が 本塁でアウトで二死。引き分けでは優勝できないため、あと一人と追いつめられた。 ここで代打の梨田が中前へ安打、二塁に進んでいた鈴木が勝ち越しのホームを踏み、 「似たような体格」(小川@バファローズファンさん)の中西コーチと抱き合って喜ぶ。
その裏リリーフの阿波野が二死満塁のピンチで森田(高沢に代わり途中出場)を 三振に仕留めて切り抜け、近鉄の勝利。優勝の行方は第二試合に持ち越された。
・第二試合(試合開始18:44 試合時間4:12)
第二試合は9回を終わって同点の場合延長戦が行なわれるが、 試合開始後4時間を経過すると、次の回に進まず引き分けとなる。
近 000 001 210 0|4
ロ 010 000 210 0|4
  高柳6-吉井1-阿波野2-加藤哲1/3-木下2/3
  園川7 2/3-荘1/3-仁科2/3-関1 1/3
マドロックのホームランで0-1とリードされた近鉄は、6回表オグリビーの安打で 追いつき、7回表に吹石と真喜志のホームランで 3-1 と勝ち越す。 しかしその裏ロッテも岡部のホームランで 3-2 と追い上げ、高柳は走者を残し降板。 リリーフした吉井から西村の中前安打で 3-3 の同点に追いつく。
8回表に近鉄がブライアントの本塁打で 4-3 と勝ち越し、優勝を引き寄せた かに思えたが、ロッテもその裏、リリーフした阿波野から高沢(この年首位打者)が ホームランを放ち再び同点と一歩も譲らない。
9回表近鉄は二死から大石が二塁打で出塁し、新井が三塁線に痛烈な打球を放つが、 サード水上の「THIS IS プロ野球!」(ABCの安部アナウンサー)という好守により 阻まれ無得点。
9回裏ロッテの攻撃でトラブル発生。 二塁走者古川が牽制アウトになった際に、二塁手大石が走者を押してベースから 離したのではないかとロッテの有藤監督が抗議、9分間の中断となる。 その後二死満塁となり近鉄サヨナラ負けのピンチを左翼手淡口が「一世一代の美技」 (田中@京大さん)で窮地を救った。
延長10回表近鉄は一死一塁としたが、羽田の打球は二塁ゴロ併殺打となった。 時刻は10:42で、試合開始後4時間まで残り2分だけ。近鉄の勝利が事実上消えた。
歴史に残る壮絶な試合は決着がつかないまま無情にも時間制限という規定により 打ち切られてしまい、ペナントレースは1厘4毛差という「奇跡と涙の差」 (高橋@パリーグ解放主義者さん)で、この日西武球場に待機していた 西武ライオンズの優勝という決着がつけられることとなった。
     試合 勝 敗 分 勝率  差
西武  130 73 51  6 .589
近鉄  130 74 52  4 .587 0.0


◇ 阪急身売り
翌日の新聞の一面を飾ったのは、西武の優勝でも川崎球場の激闘でもなく、 阪急ブレーブスがオリエントリース(オリックスへの改名が決定済)へ 身売することを伝える記事であった。

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