●第一章:偶然と必然と誤解とハプニングとアクシデント |
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その日は、昼間のうちから曇っていてあまり天気はよくなかった。けれども、雨が降りそうだというほどどんよりとしていたわけでもなかったので、あたしは置き傘を置いたまま学校を出て家に向かった。 そのまままっすぐ帰宅してしまえば、どうということはなかったのだけれども、買いたい本があって、あたしは本屋に寄り道をした。そして、目的の物が見つからないまま、ついだらだらと長居をしてしまって、表に出たら、いつのまにか空には一面黒い雲が立ち込めて、あたりは薄暗くなっていた。 これはマズいかも、と思ってあたしは家路を急いだ。でも結局、まだ家には程遠い位置で、無情にも雨は降ってきたのだった。それも、どしゃ降りと言ってよい勢いで。 「うわちゃー、まいったなあ…」 この辺りは住宅地で、雨宿りの出来そうなお店とかはなかった。集合住宅の軒先でも借りようか、などと考えたけれど、雨足は激しく、ちょっと辺りを見まわすうちに、結局ずぶ濡れになってしまった。 それで、あたしは開き直って、もう濡れるにまかせて歩いて帰ることにした。 「早沢?」 期せずして声がかかったのは、とある家の門の前を歩いていたときだった。顔を上げると、門の内側に傘を差した人が立っていた。 声の主は、クラスメイトの北原武生だった。 「北原くん…。ええと、こんにちは。」 彼の顔は覚えていたが、言葉を交わしたことはいままで殆どなかった。 彼は、ちょっと硬派な感じの人で、背が高くてすらっとした体躯と、明るくてさっぱりした性格から、同性異性問わず人気があるようだったけれど、わけあってあまり社交的でなく、女の子ともそれほど口を聞かないあたしからは、最も遠く感じる種類の人間だった。 高校に入学してから二ヶ月にもなろうと言うのにいまだにクラスメイトを憶えきっていないあたしとしては、彼が、あたしの名前を憶えていたことにすら、意外を感じる。 「やっぱり早沢か?濡れ鼠で何やってんだ?」 雨で髪が乱れていて、あたしだとわかりにくかったのだろう。北原くんは、そういいながら、自分の傘をあたしの方に差し掛けてきた。そうすると、彼の方が雨に濡れてしまうので、あたしは自然に門に近づいた。もっともこちらはもう、雨をよけても仕方のない状態だったのだけれど。 「ああ、いや、急だったから雨宿りしてるひまもなくて。成す術もなくびしょ濡れになっちゃったら、なんだかもう面倒になっちゃって、ゆっくり帰ろうかと…」 「…お前、学校じゃおとなしいのに意外と豪放な奴なんだな。家近いのか?」 「ん…まだ2キロ近くあるかな。」 「なんでそれで……いやそんなことどうでもいいか。ここオレん家なんだ。雨宿りしてけ。」 「へ?いや、いいよ、もうこんなだし。」 北原くんの意外な好意に、あたしは戸惑いながら、ズブ濡れの自分の髪をひと房、摘み上げて示して見せた。 けれども、その言葉に構わず、北原君は傘をあたしに手渡すと、内側から門を開いた。そしてひとこと「来い」と言うと、そのまますたすたと玄関に向かって歩いて行ってしまう。 仕方なく、あたしは彼の後に続いた。 |
「お前、なんで歩いて学校行ってるんだ?」 玄関で、あたしにバスタオルを渡しながら、北原くんはあきれたようにそう言った。 ここから2キロなら、学校までは3キロ近い計算になる。そのことを言ってるんだろう。 「あ、ありがと。いや、普段は自転車なの。今日は、パンクしちゃってたまたま。」 髪を拭きながら、あたしは思ってもみなかった意外な成り行きに、ちょっとだけ戸惑っていた。 クラスメイトであるとは言え、女の子相手にこういう好意を示すのは、この年頃の男の子としては勇気がいるのじゃないだろうか。ましてや、あたしは彼と口を聞いたことすら殆どないのだ。 あたしの方だって、彼の強引さがなければ、申し出を断ってそのまま帰っただろう。ただ、いくら社交的でない性格だとは言っても、先程の「来い」と言う彼の言葉に、返事もせずにその場を立ち去ることはさすがに躊躇われたのだった。 「これ、一応着替えな。オレのシャツとズボンでわりぃけど。ここ風呂場だから、シャワー使ってくれ。」 北原くんは、あたしを脱衣所に案内して、使い終わったバスタオルを受け取ると、代わりに綺麗にたたまれた服を洗面台のわきに置いて、そう言った。 「いいよ、そこまで…」 「何言ってんだ、そのままじゃ風邪引くぞ。」 もしかして、下心でもあるんだろうか、と、あたしはこのとき初めてちょっと警戒心を抱いた。けど、彼の口調は本気っぽかったし、そういう回りくどいことをするタイプにも見えない。これ以上問答を続けるのもなんだったので、少し考えた末、結局彼の申し出を受けることにした。 セーラー服のスカーフを抜いて、ボタンに指をかけたところで、北原くんがまだそこを動こうとしないことに気づいて、あたしははたと動きを止めた。 「…えっと……」 少し考える。他人のあたしが、この家の住人である彼に向かって「出てって」と言うのは、何かおかしな気がして、口篭もってしまう。雰囲気でわかってもらおうと思って、あたしは北原くんをじいっと見つめた。 でも、彼は、全然気づかない様子で、きょとんとしたままだ。 「…?なんだ?」 「え、いや、服、脱ぐんだけど……」 「…あ、うわっ。そうか、ごめんっ。バカかオレはっ……(ごん)ぐっ………………痛ってー…」 北原くんは大慌てで出て行こうとして、ドアに思いきり頭をぶつけた。そのまま、額を押さえてうずくまる。 彼のあまりの狼狽振りに、あたしは思わず吹き出した。 「ぷっ…、ちょっと、大丈夫?……あ…」 言いながら、あたしは北原くんの背中をぽんと叩いて、その拍子に、彼もかなり雨に濡れていることに気づいた。 考えてみれば、あのどしゃ降りの中で、あたしに傘を差しかけていたのだから、それが短時間ではあっても、このくらいは濡れていて当然かも知れない。傘の効果は、意外と高が知れているものだ。 いまさらながら、あたしはちょっと感激した。学校での立ち居振舞いを見る限りでは、北原くんはいいヤツではあっても、無神経で、気配りやなんかとはあんまり縁のなさそうな人かと言う印象を持っていたのだけれど、本当はきっと、優しい人なのだ。そう思うと、今さっきのデリカシーのなさも、ちょっと可愛く感じられてしまう。 それで、あたしはちょっとした悪戯心を起こした。後から思うと、あたしらしくなかった。日頃、他人にあまり関わらないあたしが、珍しく男の子に好感を憶えたりしたから、心の調子がおかしくなっていたのかも知れない。 「北原くん。」 「ああ、悪い、今出てくから…」 まだ痛そうにしながら振りかえった彼に、あたしはにこりと微笑んで、冗談を言った、つもりだった。 「北原くんも、ずいぶん濡れてるよ。…一緒に、入る?」 その言葉に、彼の全身が「ぎしっ」と音が聞こえそうなくらい、ぎこちなく硬直した。 「へ?あ…う……その…」 うわちゃー。 あたしは胸の内で舌打ちした。どうやら、彼は冗談だとは思わなかったようだった。しどろもどろに何やら呻きながら、みるみるうちに顔が赤くなる。 「あ、いや…その、あたし……」 てっきり、軽くいなされてお終いだとばかり思い込んでいたので、あたしは後に続ける言葉を用意していなかった。焦って何か言おうとするうちに、彼につられて自分まで恥ずかしくなってしまう。 洗面台の鏡があるのは背後だったけど、見なくても自分の顔が赤らむのがわかった。 その場の気まずさをなんとかフォローしようとして、あたしはますます混乱した。 「いや、あの、……い、嫌なら、いいんだけど…」 …って、うわっ。何言ってるんだあたしはっ。 言いながらまずいと思ったけど、なんでだか、途中で言葉を切ることが出来ない。頭に血が上って、もう口と思考が連動しなくなっていた。 「い、嫌じゃねー…けど、オレは…」 やばい。どうしよう。 頭の後ろのほうで、比較的まだ冷静な部分が、どうにか状況を打破することを考える。けど、気づいた時には、あらかじめ決まったシナリオが用意されていたかのように、考えうる限りこの場でいちばん安易なセリフが、口から出てしまっていた。 「あ…、じゃあえっと、先に入ってるから、後から…来て………。」 |
北原くんが、いったん脱衣所から出るのを確認して、あたしは再びセーラー服のボタンに指をかけた。 いったい、何をやってるんだろう、あたしは。 やっぱり、慣れない冗談なんか言うもんじゃない。 頭の中が、後悔と自己嫌悪で、暗色と寒色のマーブリング状態だ。 「あああ、北原くん、あたしのことなんて思っただろう。」 鏡を見て、小さく声に出して言ってみる。 軽いコだと思われてしまっただろうか。 目の前から相手がいなくなったせいか、少し冷静にものを考えられるようになっていた。 人付き合いの極端に少ないあたしは、普段は他人の風評など気にしたことがあまりない。でも、だからと言って言われもなく「遊んでる」とか思われるのは、嫌だ。 けれども、なんだか、お世話になった上に、形としては自分から言い出しておいて、いまさら「冗談でした」って言うのも申し訳ない気がして、服を脱ぐ動作を、止めてしまう気にもなれなかった。 乙女の純潔がかかってる(かも知れない)って言うのに、相手の気持ちなんか思いやってる場合じゃない、とは自分でも思う。でも、普段人と口を聞くことすらあまりしないあたしは、こんな風に他人と関わって、こんな状況になって、どうすればいいのか冷静に判断を下せないのだった。 あれこれ思い悩んでいるうちに、結局最後の一枚まで脱いでしまって、あたしはバスルームに入った。最近改装でもしたものか、広くて綺麗だ。ライトグリーンの浴槽が、清潔そうな雰囲気だった。 シャワーを、上段の受け具にかけて、蛇口を捻ってお湯を出す。と、その音が合図になったのか、脱衣所の扉が開いて、北原くんが入ってくる音がした。 お湯のせいだけでなく、かあっと身体が熱くなるのを自覚する。何も身につけていないと言う意識と感触が、ものすごく頼りなく感じた。 あたし、もしかしてものすごいバカなんじゃないだろうか。いろいろ行き違いがあったとは言え、ただのクラスメイトの男の子と、こんなこと……。この状況まで来ちゃう前に、止める機会はいくらでもあったのに。…そりゃ、あたしだっていちおう年頃の女の子だから、異性にまったく興味がないってワケじゃないし、エッチなことだって想像したことくらいはある、けど。 煮詰まった思索に耽るうちに、どんどんどきどきが高まる。 カチャ。 控えめな音がして、バスルームの扉が遠慮気味に開かれた。 「早沢…、いいか?」 「ん…」 緊張で、小さく頷くのが精一杯だ。シャワーの音で、その声が聞こえたかどうかは怪しかったけど、ともかく北原くんは、バスルームに入ってきた。当然ながら彼も裸で、ますます緊張してしまう。 あたしは、慌てて入り口の方に背を向けた。 暫くの間、そのままの姿勢でシャワーを浴びる。このままだと、北原くんはお湯を使うことが出来ないのだけど、そう言うことに気を配る余裕もなかった。 その態度を意思表示と解釈したのか、少しして、北原くんは不意にあたしに近づいて来て、肩に手をかけた。 「うわひゃぁ…」 思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。けれども、彼はそんなことには構わず、あたしの背中に身体を密着させ、そのまま左腕を腰に絡ませて来た。完全に抱きすくめられた格好だ。北原くんも緊張しているのか、腰に回された腕には、ちょっと苦しいくらい力が入っている。 …うわ、このおしりの上に当たってる感触って、もしかして……。 あまりの緊張に、身をよじって束縛を逃れることさえ忘れた。 結果的に、あたしがなすがままにされていることに勇気を出したのか、北原くんはあいている右手で、あたしの右の胸を、下からすくいあげるように触れてきた。 「……んっ…」 驚いて、思わず上げそうになった悲鳴を、ぎりぎりのところで飲み込んだ。 やっぱり、「そういう意味」で誘ったと思われてるのかな…。 少しだけ暗い気持ちが、脳裏をよぎる。軽い女の子だと、思われてるんだろうか。 北原くんは、暫くそのまま右手での愛撫を続けていたけど、やがて、捕まえていなくてもあたしが逃げないことを確信したのか、腰に回した腕を解いて、両手での愛撫に切り替えた。 「ん…ふ、ぁ…んく…」 性的な快感を自分が感じているのかどうか、よくわからなかったけれど、生まれて初めて、男の子に裸を見られて、胸を触られてるんだ、と言う意識に、あたしは心がとろけるような、精神的な快感を感じはじめていた。 どうして?怖いけど、嫌じゃ、ない…かも……。 高まった動悸はおさまる気配もなかったけど、自分が、こうされることを嫌悪してはいないことを、あたしは自覚した。背中に密着する肌の、暖かい感触も、なんだか心地良く思える。恋人でもない人に身体を触られることなんて、不快だとばかり思っていたので、あたしは戸惑った。 北原くんは、暫くそのままあたしの胸を楽しんだ。 なにしろ、初めての経験なので、終始あまり力を込めず、ふにふにとそっとこねまわすような彼の愛撫が上手なのかどうか、判断のしようもない。でも、少なくとも乱暴にされるようなことはなくて、こんな状況だというのに、あたしは彼に対する好感を、少しずつ深めていた。 「早沢」 不意に、緊張に掠れた北原くんの声が耳元で聞こえて、あたしは我に返った。 知らず知らずのうちに、胸を這い回る暖かい感触に意識を集中し、他に何も考えていなかったことを自覚して、急に恥ずかしさが倍増する。何分くらいされるがままになっていたのか、もうわからなかった。 全身を支配していた緊張もいつのまにか抜けている。背後の北原くんに、半ば体重を預けた状態になっているのに気づいて、あたしは慌てて姿勢を正した。 「あのさ、何で、お前…」 胸への愛撫は続けたまま、北原くんは、おずおずと言葉を続けた。 しどろもどろで、完結していない質問だったけど、言いたいことは理解できた。 ちょっとの間、なんて答えたらいいのか考える。 北原くんを失望させるようなことは言いたくない、と思ってしまうのが、不思議だった。けど、こんな思考の鈍った状態では、多分うまいことは言えないだろう、とも思うので、結局あたしは、正直に本当のことを言うことにした。 「ん…、あのね、ごめん、冗談のつもり、だったんだけど…」 「……!」 胸をこね回していた手が、ぎくり、と言う感じで動きを止める。 「え、あ、うわっ、ご、ごごごごごめんっ、そうだったのかっ、オレはっ、なんて言うかっ……」 狼狽も露わにまくしたてて、北原くんは跳び退くように、あたしから身体を離した。 あたしは、そのまま入り口に向かおうとする彼の腕を、反射的に、両手で抱えるように掴んだ。 「あ、待って待って、誤解しないで。 そうじゃないの。いや、あの、まさか、本気にされると思ってなくて、成り行きでこうなっちゃったのは、そうなんだけど、嫌じゃ、なかったから……」 自分でも、どうしてそんな行動に出たのかわからなかったけど、とにかくあたしは、バスルームから出て行こうとする北原くんを、必死と言っていいくらいの勢いで引き止めた。 「早沢…」 嫌じゃなかった、と言うのは嘘じゃない。 でも、理性的に考えて、殆ど口を聞いたこともない男の子と、密室で、全裸で二人きりと言うのが、自分にとって許すべきでない状況なのは明白なのに、何故こうまで離れがたい衝動に駆られてしまったのか、自分が理解できなかった。 あたしは、まだ逃げの体勢のままでいる北原くんを安心させようと、少しはにかむように微笑んだ。 「今出て行っちゃったら、多分、後でものすごく気まずいよ。ね、もう少し、落ち着いてゆっくりしよう。」 言葉も表情もぎこちなかったけど、それでも、あたしが怒っても困ってもいないことは、わかってくれたようで、北原くんは、ぎこちない動作で再び身体を近づけてきた。成り行きだけど、今度は向かい合う位置関係になる。 北原くんを引き止めることが出来て、あたしは少し安心した。 「ほら、お湯にあたろ。」 かなり恥ずかしかったけど、そう言って自分から、彼に身体を寄せる。ほんとはさっきみたいに、背中から抱きすくめて、胸を触って欲しい、と思っていたけど、さすがにいくらなんでもそんなことは口に出せない。 「早沢、その、ごめん…」 自分の早とちりに自己嫌悪しているのか、お腹の底から絞り出すような声でそれだけ言うと、意を決したのか、背中に手を回して、あたしの身体を抱き寄せた。あたしは、女の子としてもちょっと小柄な部類なので、北原くんの胸に、頭を預けるような形になる。 「いいってば。こっちも混乱してたし。」 さっきはおしりに当たっていたモノが、今度はおなかに当たって、気になった。とても固くなっているのが感触でわかってしまって、ことさらに意識せずにいられない。…これ、北原くんの方は自覚してるんだろうか。 でも、それはそれとして、こうして抱き締められるのも、肌を密着させるのも、なんだか気持ちがいいと、あたしは感じていた。暖かいし、広い胸に安心感を憶える。 「……あたしのこと、軽いコだって、思った?」 おそるおそる、気になっていたことを、訊いてみる。 落ち着いた状態ではっきり謝ったことで、多少は余裕が出来たのか、答える北原くんの口調は、少しだけリラックスしていた。 「そんなこと、考えてる余裕なかった。びっくりしたのと、頭に血が上ってたのとで、さ。 お前、いつも大人しくて、物静かで、オレみたいな騒がしい奴とは口も聞きたくないかと思ってたから…」 ……そんな風に思われてたのか。 「なのに、話してみるとなんか豪気だし、はっきりもの言うだろ?もっと、意思表示が苦手な奴かと思ってたのにさ。」 「あー、社交的でないのは自覚してるけど…、別に、おしとやかなお嬢様、ってわけじゃ、ないよ。」 「オレもそうだったけど、クラスの男は大抵そう思ってるよ…」 「そうなのか…」 背中がむずがゆくなる気分だ。まあ、あたしは大抵、休み時間とかには本読んでるかぼーっと外を眺めてるかだし、傍目にはそう見えるのかも知れない。本当は、ただ他人とあまり関わりたくないだけなのに。 「そんな風に思ってたのに、なんで声、かけてくれたの?」 「顔見知りが困ってるのに、見ないフリなんか出来ねーよ…。」 不貞腐れたような声音で、北原くんはそう言った。 しかたなく声をかけた、と言うニュアンスを匂わせたつもりなのだろうけれど、テレ隠しだと、ありありとわかる。 あたしを見つけてから、実際に声をかけるまで、どのくらい時間があったのか知らないけど、きっとその短い時間に、かなり迷ったに違いない。 優しい人だ。素直に、そう思った。ちょっと強引だったけど、そうでなければ、あたしは彼の好意を断って、あのまま濡れて帰っていただろう。もう二年以上もの間、そうしてなるべく他人と関わらないように生きてきたのだから。でも、それだけに、優しくされるのが気持ち良かった。 「感激した。北原くんが、男の子にも女の子にも好かれるの、わかる気が、するよ。」 他人をこんな風に好意的に思うのは、ずいぶん久しぶりだった。でも、心底そう感じる。 不意に、あたしの身体に絡められた腕に、力がこもった。北原くんは、あたしの肩にあごを乗せるようにしながら、何かを言おうとした。 「早沢、オレさ……」 でもそのまま、しばらく黙り込んでしまう。 沈黙。 彼が何を言おうとしているのか、知りたかったけど、なんでだか、少し怖い。 結局、あたしは先に沈黙に耐えられなくなってしまった。 「ねえ、そろそろ、出よう。のぼせちゃう……。」 「……ああ、そうだな…」 北原くんは、急に冷めた口調に戻って、あっさりと身体を離すと、そのまま、あたしに背をむけて、脱衣所に出て行ってしまった。 「あ…」 お湯はまだ出たままなのに、急に全身が寒くなったような気がした。 予想もしていなかったものすごい喪失感に、あたしは下手な言い訳で抱擁を打ち切ってしまったことを、激しく後悔した。 |
少しの間ぼうっとしてから、お湯を止め、自分も脱衣所に出る。 「ほら、タオル」 既に服を着かけていた北原くんが、バスタオルを投げてよこしてくれる。その口調から、彼が別に、会話を中断されたことを怒っていないことが感じられて、あたしは少しだけ安心した。 身体を拭く間、北原くんはじいっとあたしを見ていた。いまさらって気もするけど、バスルームでは密着していて、あまり見られてはいなかったことに気づいて、急に恥ずかしくなった。身体を動かすたびに、胸が揺れるのを過剰に意識してしまう。でも、今しがた、彼の言おうとしたことを邪魔してしまった後ろめたさもあって、あたしは何も言わず、そのまま彼の前で全身を拭き終えた。 ようやく、バスタオルで身体の前を隠す。 …えっと… さっき、彼が用意してくれたはずの着替えが、見当たらなかった。それに、自分が脱いだ制服や下着もない。 そのことを訊こうとして、ふと雨音が止んていることに気づく。通り雨だったのだろう。 「雨、止んだみたいだね…。帰らなくちゃ。」 北原くんは、なんだか神妙な表情で、何も言わずにあたしを見つめていた。 「えっと、その、服……」 「悪い、さっきの着替えはオレが着た。」 見れば、彼が今きている服の色には、確かに見覚えがある。 「お前の服は、いま乾燥機にかけてる。どっちみち、後で洗濯はしなきゃならないだろうけど。 …………乾くまで、いろよ。」 有無を言わさない口調。声が、ちょっと震えている気がした。 「う、うん…。」 雰囲気に飲まれて、何も考えずにあたしは頷いた。 「それじゃ、他……」 の服を貸してくれないかな、と言うセリフを言い終わらないうちに、北原くんはあたしの腕を掴んで、廊下に続くドアを開いた。そのまま、あたしを引っ張って出て行こうとする。 「ちょ、ちょっと…」 抗弁しようとしたけど、あんまり大きな声を出すのもはばかられる状況だった。非力で体重も軽いあたしは、成す術もないまま、二階の彼の部屋に連れて行かれてしまった。 |
北原くんの部屋は、一般に想像される男の子の部屋よりはちゃんと片付いていて、小奇麗だった。質実剛健というか、ただモノが少ないだけのようにも見えるけど。 部屋の中にあたしを引っ張り込んでしまうと、北原くんはようやく腕を放してくれた。それから自分の部屋のドアを閉めると、そのままの格好で黙り込んだ。 「ねえ、どういうつもり?」 彼の背中に、抗議の声を投げつける。 バスルームでのあんな状態のときでも、北原くんは優しくて、取り乱しているときでも誠実さだけは忘れていなかったから、いつのまにか、あたしは彼にずいぶん心を許してしまっていた。でも、彼が年頃の男の子であることに変わりはない。そして、あたしは彼と同い年の女の子だ。 もし彼が、力ずくであたしを求めてきたら、あたしの力では成す術もないだろう。 あたしが、不安に胸を詰まらせている間、北原くんはなおも暫く黙っていたけど、突然、勢いよく振り返ると、 「ごめん」 とだけ言った。 あたしは、わけがわからないまま茫然としてしまう。 「…あっ…」 北原くんは、所在無く突っ立ったままのあたしに近づくと、バスルームでの時と同じように、あたしを抱き寄せた。不意をつかれて、あたしは思わず、身体の前で押さえていたバスタオルを、取り落としてしまう。 「早沢、ごめん、なんかオレ、無茶苦茶だよな…」 「あー、うん、まあそうだね、無茶苦茶だ。」 どうやら、彼がキれたりはしていないことにほっとして、あたしはかなり間の抜けた返事を返した。 同時に、バスルームで抱き締められた時の気持ち良さを思い出して、胸が高鳴ってくる。今度は、あたしは裸で、彼は服を着ているけど、これはこれで心地よかった。自分だけが服を着ていない心細さが、抱擁されるときの安心感を、増幅しているように思える。 さして肌触りのいいわけでもない、洗いざらしのシャツに頬を押し付けて、あたしはうっとりとしていた。 ただ人と密着するだけのことが、どうしてこんなに気持ちいいのか、自分で理解できなかった。ただ、こうしているととても安らいで、気持ちが楽だった。こんな気持ちは、生まれて初めてのような気がする。 あたしはこの二年ちょっとの間、なるべく他人と付き合わずに生きてきた。そのほうが楽だったからだ。でも、こうして抱き締められている時の安心感を知ってしまうと、もうひとりでは生きていられないかも知れない、とまで思えた。 ……そういえば、胸、触られるのも、気持ち良かった。 思い出してしまって、胸の中と頬が熱くなる。自慰の経験はあったけれど、あんな風に感じたことはなかった。また、ああいう風に触って欲しいと、思わずにはいられない。 「早沢…、早沢を、オレのものにしたい…」 呟くように、北原くんが言った。 半ば予想された言葉だったけれど、あんまりさらっと言われたので、意味が脳に染み込むまで、何秒かの時を要した。 「……えーと、それ、愛の告白?」 恋愛経験はなかったけど、直感的に、ちょっと違うニュアンスかな、と思う。 答えは案の定だった。 「わかんねー。ごめん、違うかも。」 特別に残念な気持ちはしない。 それであたしは、自分の方も彼に恋愛感情を抱いたわけではないようだ、と言う判断を下した。 「お前を抱きたい、って意味じゃなくて……いや、それもあるけど……」 やっぱり、したいんだ…。……………でも、嫌じゃ、ない。 恋人でも、これからそうなろうとしているわけでもない相手にそう言われても、あたしはなぜか嫌悪感を感じなかった。 「今だけじゃなくて…オレは、オレの好きなときに、早沢をオレのしたいように、したい…」 ああ。 さっきも、これを言いかけたんだ。 自分のものにしたい、と言うのが、文字通り自分の所有物にしたい、と言う意味だと悟って、あたしは妙に納得した気分になった。 北原くんは、女の子の裸を見て、肌に触れて、それで、ただ手放したくなくなったのだ。ペットを欲しがるように。多分、相手があたしでなくても、あんなことになったら同じように思うのだろう(もちろん、彼の眼鏡にかなうことが前提だけれど)。 「なに、考えてるの…」 普通、こんなことを面と向かって言うだろうか。嘘でも、「好きだ」ってことにしておいた方が、彼の望んだようになる可能性は高いに決まっている。いくらあたしだって、今この状況で好きだと言われたら、心が揺れるだろう。 これまでの北原くんの立ち居振舞いを思い出して、あたしは「そうか」と思い当たった。 北原くんは、多分、嘘がキライなんだ。他人につくのも、自分を騙すのも。バカみたいに正直で、まっすぐだ。そのことが、あたしのような屈折した人間からは、眩しく感じられる。 「ごめん、自分でも、無茶苦茶言ってることは、わかってるんだ。頭に血が上ってて、裸のままこんなとこまで連れて来ちまったけど、嫌だって、言ってくれれば、諦めるから…。」 言いながら、あたしを抱き締める腕の力が増した。苦しかったけれど、それだけあたしを放したくない気持ちを感じる。必死で、自分を抑えているんだろう。 北原くんの望むことは、確かに無茶苦茶だった。普通に考えたら、絶対に承服できない。 でも。 あたしも、彼に抱き締められるこの感触を、手放したくないと感じていた。 それは、もしかしたら単に物理的な感覚に過ぎず、他の誰とでも同じように感じることが出来るのかも知れなかったけど、あたしには、彼以外の人に抱き締められた記憶はなかった。 だから、余計に心地よく思うのかも知れない、と言うことに、自分で思い当たる。 あたしは、本気で悩んでいた。 嫌だと言え、と彼は言ったけど、「嫌」だとは、少しも思っていなかった。 彼の望んだようになれば、いつでもこうして抱き締めてもらえるだろう。そのためなら、どんな代償を払ってもいいような気が、今はしていた。 けれども、あたしは、人を信じることに慣れていなかった。自分が他人に依存して、裏切られた時のことが怖いのだ。北原くんがとても誠実な人だと言う印象は変わらなかったけれど、自分を弄びたいだけかも知れないと言う可能性も捨て切れない。 あたしが何も言わずにいるのを、拒絶の意味に解釈してか、北原くんの腕が緩んだ。同時に、バスルームでの抱擁の後と同じ喪失感が、あたしの周囲に充満しようとする。 「あ…、待って…」 あたしは思わず制止の声を上げ、自分から北原くんの背中に腕を回した。 おぼろげながらも、拒絶していない、と言う意思表示をしてしまったことで勢いがついて、あたしはとうとう、言うか秘めるか迷っていたセリフを、口にした。 「だ、大事に、して、くれる……?」 ぼそっ、と言う感じで、小さく呟く。 言い淀めば、勇気が挫けてしまうかも知れない。あたしは、北原くんの返事を待たずに、後を続けた。 「あのね、あたしのこと、大切にして、優しくして、欲しい。それだけ、約束してくれたら、なっても、いい…よ。………その、北原くんの、ものに…」 あたしのセリフが終わっても、暫くの間、北原くんは何も答えなかった。腕の力も、緩んだままだ。 なかなか答えが返ってこないので、あたしは不安になって、北原くんの顔を見上げた。 瞬間。視界が暗くなって、開きかけた口が、何かでふさがれた。唇を奪われたのだと気づいたのは、何秒かたって、ようやく解放されてからだった。 「はふ…ん…」 息をつくと、すぐにまた唇をふさがれる。今度は、舌を侵入させて来た。もちろん初めての経験だったけれど、嫌悪感は感じなかった。それどころか、無意識に自分から舌を絡ませ、彼の流し込んでくる唾液を、夢中で飲み下していた。 「ん…んふ……ん…」 頭の芯が鈍く熱く、理性が蒸発したみたいになって、自分でも何を考えているのかわからなくなった頃、北原くんはようやくあたしを解放してくれた。 全身から力が抜けて、あたしは立っていられなくなって、ベッドにへたり込んだ。その上に覆い被さるように、北原くんがあたしを押し倒す。そしてそのまま、もう一度唇にキス。さらに、頬や首筋や肩に、執拗にキスの雨を降らせた。 後でキスマークが残ったら、困るかも、と少しだけ考えたけど、すぐに忘れた。 「き、きたはら、くん…ん、は…胸、触って…お願い…」 バスルームでの感触を思い出して、衝動を抑え切れずに、あたしは愛撫をねだった。 あたしの声が聞こえたのかどうか、北原くんは何も答えなかったけど、キスの標的をあたしの胸に移した。同時に、あいている方の胸を、手でこねるみたいに愛撫してくれる。 「ん…く、ぁん…」 ものすごく、優しい感触だった。乳首を口に含むときも、決して歯を立てない。手で触れるときも、壊れ物を扱うみたいにそっとだ。でも、表情はなんだか焦りを抑えこんでるように、必死だった。 大事にする、って言う約束、守ってくれてるんだ…。 もっと、したいようにしていいのに、なんて優しい人なんだろう。そう思うと、胸の奥にぽっと火が灯ったみたいに暖かく感じる。 「北原くん…ん…も、少し、乱暴にしても、平気…」 あたしがそう声をかけると、北原くんは顔を上げて、少しほっとした表情になった。 「…痛かったら、言えよ」 気を使われたのが悔しいのか、気持ちぶっきらぼうにそう言って、彼はすぐまたあたしの身体の上に顔を伏せた。それから、ちょっとだけ、愛撫の調子が変化する。 「んっ…くふ…ぅん…」 強く吸われたり、指の腹で擦られたりするうちに、乳首がじんと痺れたみたいになって、固くなってくるのが自分でわかった。同時に、お腹の奥がだんだん熱くなってくる。 「ふ…ぁん、あ、はっ……」 我慢しようとしても、身体は脈打つように反応し、どうしようもなく恥ずかしい声が漏れてしまう。 あたしの反応が変わったことに満足したのか、北原くんは、唇と舌で丹念に愛撫を続けながら、胸からお腹、そして、もっと下へと、頭の位置を移動させた。その間も、右手は胸をこね回し、乳首を繰り返し撫で上げる。 「はぅ…ん…んふ……」 北原くんの舌が触れる位置が、女の子の部分に近づいてくるにつれて、あたしはだんだん緊張してきた。無意識の内に、両脚に力がこもる。 「早沢、力、抜いて」 北原くんが要求する。 「…ごめん、なんか緊張しちゃって、身体が言うこと聞かない……」 あたしが消え入りそうな声でそう言うと、北原くんはひとまずそこに口をつけることを諦めて身体の位置を上げた。そして、左腕をあたしの背中から腋に回して、右手を両脚の間に差し入れてきた。 そのまま中指で、あたしの秘裂をそっと撫で上げる。その間に、回した左手で胸を弄ぶことも忘れない。 「あ、ひゃぅ…んふ…あん、あ…くぅん……」 その動作を何回か繰り返したあと、北原くんはそのまま中指をあたしの中に侵入させてきた。 「んっ…く……」 「早沢、濡れてる……?」 女の子が「濡れる」と言うことは知識で知っていても、今のあたしのその部分の状態がそうなのかどうか、確信が持てないのだろう。少し自信のない口調で聞いてきた。 まさか面と向かってそんなことを聞かれるとは思いも寄らなくて、あたしは急激に顔が火照るのを自覚しながら、視線を逸らして「こくん」と頷いた。 再び、北原くんは体勢を変えた。今度は何をされるんだろう、と期待まじりの不安を抱きながらじっと待つ。恥ずかしさに、顔を背けていると、不意に膝を掴まれて、あたしは両脚を大きく開かされてしまった。 「あ、やぁん…」 あそこをいじられているうちに、いつのまにか力が抜けてしまっていた。反射的に脚を閉じようとするけど、この不利な姿勢では男の子の力にかなうはずもなくて、あたしは成す術もなく、自分の大切な部分をさらけ出した格好になる。 「やだ、こんな格好、恥ずかしいよ…」 「可愛いよ…」 あたしの哀願をそのひとことでいなして、北原くんはそのままあたしのあそこに口をつけた。 「あっ…はぁん…ひ、ぃやぁ…んっ、はぅん…」 指でいじられる感触は、自慰で知っていた(それでも、男の子にいじられていると言う意識の分、ずっと刺激的だった)けれど、舌や唇での愛撫は、疑似体験のしようもない。生まれて初めて知る容赦のない快感に、あたしは羞恥心も、形ばかりの抵抗をすることも次第に忘れてしまう。 秘唇を舐められ、内部に舌を侵入させられ、いちばん敏感な部分を唇でつまむように挟まれ、軽くすわれて、あそこがとろけてしまいそうに熱くなる。あたしは、まだ自分が思考を保っているのが不思議なくらい、快感に酔っていた。 北原くんがようやく身体を離しても、もう脚を閉じることを思いつきすらしなかった。 「早沢、……いいか?」 北原くんが、もどかしげに最後の確認をする。 あたしは、声に出さずに「こくん」と頷いたあとに、慌てて、 「優しく、してね…」 と、付け加えた。やっぱり、痛いのは怖い。 這うようにして、北原くんはあたしの上に覆い被さった。 下の方で、なにかごそごそやっている気配がする。ちょっと考えて、北原くんがファスナーを下ろしているのだと気づいた。まだ、彼は服を着たままだった。 あそこに、北原くんのものの先があてがわれる感触。大きく息をついて、必死に緊張を追い出す。 「いくよ…」 北原くんも深呼吸をすると、やがて意を決して、ゆっくりと腰を沈めて来た。膣内に、すこしずつ異物が侵入してくる。 「…んく……っ!」 あたしは、済んでのところで悲鳴を飲み込んだ。 無茶苦茶に痛かった。 よく、身体を裂かれるような痛みとか言うけど、誇張じゃない。 でも、激痛を訴えれば、北原くんのことだから、行為を中断しようとすることは予想出来た。あたしは彼の好きなようにさせてあげたくて、目を閉じて、唇を噛み締めて必死に痛みに耐えた。 長い長い数秒間がようやく過ぎて、北原くんとあたしのお腹が密着する。とりあえず、彼がそこで動きを止めてくれたので、あたしは小刻みな呼吸を繰り返して、痛みをやり過ごそうとした。 「は……く…は…ふぅ…」 「早沢…痛いのか?」 気づくと、北原くんは心配そうにあたしの顔を覗き込んでいた。 「だ…大丈…夫、だから、心配、しないで、続けて…」 さすがに、はっきり痛くないとは言えない。曖昧な言葉を返して微笑もうとしたけど、うまくいかなかったようで、北原くんはますます心配そうな表情になる。 「…やめるか?」 「だめ…やめない、で…」 「だけど、お前…」 「お願い…。せっかくの、はじめて…だもん。最後まで、ちゃんと、して、欲しい…」 これは、本心の半分だった。 北原くんに、ちゃんと最後までさせてあげたい気持ちが、残り半分。そう思っていなければ、とても我慢できなかっただろう。でもそれを言えば、彼が気兼ねすることは予想がついた。 あたしだって、男の子の生理は知識では知っている。彼のものが、あたしのお腹の中でものすごく固く、大きくなっているのは、激痛に鈍った布越しのような感触でもありありと認識できた。あたしの身体でこんなに感じてくれているのに、途中でやめさせたくなかった。 「じゃあ、ゆっくり動くから…」 「ん…」 北原くんはあたしの言葉に心を決めて、ゆっくりと抽送をはじめた。 「んっ…ふ…んく、くふぅ…ん…」 彼のものがあたしの内壁に擦れるたびに、波打つように、繰り返し、破瓜のものに加えて、新たな激しい痛みが襲う。愛液はそれなりに分泌されていたはずだったけれど、その部分が固体と触れ合うことに慣れていないからなのか、それだけでは不充分なようだった。 次第に、北原くんの動きが速く、大きくなり、それに比例してあたしの痛みも増す。 「ごめ…、早沢、無茶苦茶気持ちいい……」 自制が利かなくなってきたことを詫びながら、北原くんは抽送を続けた。 その動きがひときわ小刻みになる。次の瞬間、彼は思いきり腰を沈め、小さく呻いて、あたしの中のいちばん深い位置で、欲望を放出した。 お腹の中に、暖かい粘液が流し込まれるのを感じながら、あたしは大きく息を吐いて全身の力を抜き、いつのまにか肘で支えて起き上がっていた上体を、ベッドに沈めた。 |
それから暫くは、ふたりともぼーっとしたまま余韻に浸っていた。 下腹部の内側が、擦り傷に唐辛子でも擦り込まれたみたいにじんじんと痛かったし、まだ何か入っているみたいな異物感も感じていたけど、悪い気分じゃなかった。 ふと気づいて部屋の時計を見ると、もう七時近かった。帰らなくちゃ、と頭の隅で考えたけど、どうにも身体を動かす気になれない。 「早沢、ごめん…」 不意に、北原くんが謝る。 彼の「ごめん」は何度か聞いたけれど、今回は今まででいちばん深刻な口調だった。 身体を動かすと、体内に刻まれた初体験の余韻が抜けてしまうような気がして、視線だけを北原くんに向けた。 「なにが?」 「早沢、痛がってたのに、優しくしてやれなかった。……それに、オレ、その、中で出しちまったし…。大事にするって、約束なのにさ。」 本気で情けなさそうに、悔恨を口にする。顔を見られたくないのか、視線を合わせるのが辛いのか、ベッドの縁に腰掛けて、背中を向けたまま。 「なんだ、そんなことか。気を使ってる余裕、ないくらい、気持ち良くなってくれたんでしょ?あたしは、嬉しいよ。どうせほら、女の子は、最初から気持ち良くなれるもんじゃ、ないらしいし。」 それに、大事に、って言うのは、壊れ物みたいに扱って欲しい、と言う意味じゃないのだ。北原くんが、あたしを手放したくないと思ってくれるなら、もっと痛いことをされても構わない、と今は思えた。 それから、もうひとつのことを考えて、あたしはちょっとだけ嘆息した。 「中で…、って言うのは、ちょっとマズかったかも知れないけど、いまさらしょうがないよ。困ったことになったら、そのときに考えよ。ね。」 自分でも不思議なくらい、楽天的な言葉だった。こんなに気持ちが高揚するのは、いったいいつ以来なんだろう。ちょっと、記憶になかった。 「はあ…」 北原くんが、肩を落として大きくため息をつく。 「…そんなに気にしてるの?」 さすがにちょっと心配になってしまう。でも、ようやくこっちを向いた彼の顔には微苦笑が浮かんでいて、あたしを安堵させたのだった。 「いや、それもあるけど、お前って、ほんとに昨日までのオレのイメージと全然違うなあ、ってさ。思ったよりよく喋るし…」 「あー、まあ、色々あってね。あんまり、人と口聞きたくないんだ。まさか、あんな風に思われてるとは思わなかったけど。」 「…声かけたの、迷惑だったか?」 「迷惑だとは思わないよ。でも意外だった。あたしに話しかける人なんて、クラスにはいないと思ってたから。今は、声、かけてくれてよかったって思ってるよ。北原くんと仲良くなれたのは、嬉しい。」 言って、あたしはにこりと笑った。 作り笑顔でないとわかったのか、北原くんは、ようやく完全に安心した表情になる。 「仲良くか…、まあ、そうだよな。これから、どうする?」 「うん、とりあえず、今日は帰る。もう、遅いから。」 北原くんの言う「これから」が、そういう意味でないのはわかっていたけど、あたしは故意に気づかないフリをした。 あたしたちの関係は、多分北原くんが思うより、微妙で複雑だ。そのことと、それが主に、あたしの事情によることを、あたしだけが知っている。維持したければ、あたし自身のことを、いろいろ北原くんに知ってもらわなくてはならないかも知れない。それは気の重いことだから、これからのことは、ゆっくり考えたかった。 北原くんは、露骨に名残惜しそうだ。あたしはそれを見て、またちょっと嬉しくなった。 「明日、また来ても、いい?出来れば、明後日も。」 「……ああ。」 北原くんの口の端がにやける。嘘のつけない人だ。声だけ抑え気味なのが、可笑しい。 「学校では、今まで通りにしてよう。人に何か訊かれたりすると、面倒だから。」 「…そうだな。」 「ね、もう一回、抱き締めて、欲しい。」 「ん…。」 北原くんはちょっとテレながら、まだベッドに身体を横たえたままのあたしの上半身を抱え上げて、ぎゅっ、と抱き締めてくれる。 「お前、軽いな。」 あたしは、その感触の心地よさと、誰かに体重を預けていられる安心感を、じっと確かめた。 孤独の方が気が楽だと思っていたけど、やっぱり、心の底では自分も人恋しさを抑えきれないことを、思い知る。たわいないきっかけで、北原くんに簡単に心(と身体)を許してしまったのも、そのせいかも知れなかった。 いつか、今日のことを後悔する日が来るかも知れない。けど、それでもあたしは、もう彼の支えなしには立っていられないだろう。 だから。 彼があたしに望むことは、出来る限りなんでも叶えてあげたい。心底、そう思った。 続く |
第一章・了 |
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