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●第二章:ネコみたいな気持ちと、初めてのいろいろ
 二日が過ぎた。
 一昨日の北原くんとのことは、後で思い返すとかなり無茶苦茶だった。
 いろんな不確定要素と、あたしと彼の性格なんかが微妙に作用しあって、二人とも精神の平静を取り戻すことのないまま、ああいう関係になってしまったのだ。
 だから、その夜、家に帰って寝る頃になると、あたしはもう恥ずかしくて、具体的なことを思い出しそうになるたびに、頭をぶんぶん振ったりして、意識の表層に浮かび上がりそうになる記憶をまた沈めねばならなかった。
 ただ、女の子らしい憧れだけは抱いていたはずなのに、思わぬことで簡単に処女を捧げてしまったことを悔やむ気持ちは、不思議と生まれなかった。むしろ、身軽になったような気がして、心が浮いた。
 だからあたしは、約束通り、昨日も、そして今日も北原くんの家を訪れた。
 北原くんは、好きなときにあたしを自由にしていい。あたしは、その分、いろんなモノを彼に貰う(物品ではなくて、「安心感」とか「ぬくもり」とか「心地よさ」とか、そう言ったモノのことだ)。
 それが、約束だった。「契約」と言ったほうがいいかも知れない。
 有り体に言えば、北原くんに抱かれることで、あたしも満たされるのだから、二人は何も交換していない。それを契約と称するのは、よく考えると無意味のような気もした。けれども、あたしはこれを「契約」だと思うことに決めた。
 それは、人の在り方を縛る言葉だけど、その分、自分の存在に安定が増すように、あたしには思えるからだ。その方が、自分が北原くんの「物」であることも、意識しやすい。そのことを、忘れたくなかった。
 そして、それが今の二人を結ぶ全てだ。
 だから、この二日間も、あたしはそういう心づもりで北原くんに会いにきたのだ。けれども、北原くんは、処女を失ったばかりのあたしを気遣ってくれて、結局行為に至ることはしなかった。
 実際、今日はもう殆ど平気になっていたのだけど、昨日はまだ何かが入ってるみたいな異物感が消えなくて、歩くのも鬱陶しいくらいだったから、彼の気遣いはありがたかった。ちょっと残念な気がしたのも事実ではあるけれど。
 そんなこんなで、この二日間、四時過ぎにここに来てから七時前までの三時間弱を、あたしはひたすら、北原くんに寄り添い、眠って過ごした。
 睡眠は、あたしにとっては、もう何年もの間、辛い記憶に苛まれる為の時間だった。
 でも昨日は、ベッドの上で、北原くんに寄りかかってぼんやりしているうちに、いつのまにか眠ってしまっていた。夢のない深い眠りは、あたしには珍しかった。帰る時間が近づいて、北原くんに起こされてからも、暫くの間、自分が眠っていたのだと言うことが、理解出来なかったくらいだ。
 今日も、同じだった。
 あたしが眠っている間、北原くんはずっと側にいてくれたのだと思う。なんとなくそんなような確信があるし、あたしを起こした後、慌ててトイレに行ったのもそのためだろう。
「あー…、ごめんね。」
 トイレから戻ってきた北原くんに、あたしはちょっと気まずい気持ちで、謝った。
「なにが?」
「寝てばっかりでさ。北原くん、ずっと側にいてくれたんでしょ?……退屈、だったよね。」
 北原くんは怪訝そうな顔をしてたけど、覗うように上目遣いをするあたしを見て、面白そうに表情を和らげた。
「そうでもねえよ。ネコでも、飼い始めた気分。」
「ネコ?」
「お前、ちっちゃくて可愛いし、華奢で柔らかいし、じゃれつくの好きだし、それによく寝るだろ?ネコみたいだって、思ってだんだ。」
「や、柔らか…って、まあいいけど。…ネコ、好きなの?」
 かなり恥ずかしいことをさらっと言われたことに動転して、どうでもいいことを訊き返しながら、あたしは全然違うことを考えていた。彼のセリフに、ピンと来るものがあったのだ。
「まあな。……なに赤くなってんだ?」
「ん…その、それ、いいね。うん。」
「なんの話だ?」
「だからさ、あたしも、拾われた捨てネコの気分かな、って。それで、優しくされて、なついちゃったんだ、きっと。」
 あたしがペットで、北原くんが飼い主。解釈によってはすごくアブナいけど、これが、ふたりの関係のいちばん的確な表現のように、思える。雨に濡れてて、お風呂に入れてもらったって言うのも、偶然ながらなんだかそれっぽいシチュエーションだ。
 そんなことを考えて、胸のうちだけで、ふとため息をついた。
 ……実際、捨てネコみたいなものだったのかも、あたし。
 別に住むところや食べるに困っていたわけじゃないけど、心が枯渇していたことが、今はわかる。自分にとってはその状態が普通だと思っていたから、あまり疑問も持たずに、全身を警戒心で覆って暮らしていた。でも、北原くんに拾われて、今まで経験したことがないくらい優しくされて、信じられないくらい幸せな気持ちになった。
 あたしにとって、北原くんは、「あたしを幸せにしてくれる人」だ。だから、錯覚かも知れないけど、彼に与えられるものなら、それが苦痛でも、嬉しく感じる。多分、あたしの精神には、そう言う風に擦り込みがされてしまったのだ。そうでなければ、破瓜の時のあの痛みは、到底我慢出来なかっただろう。
「もう、平気だからさ、明日は、なんでも言うこと、聞くよ?」
 そう言うと、北原くんは一瞬、嬉しそうに口元を綻ばせた後、すぐに表情を曇らせた。
「…っと、駄目だ。明日、土曜だろ?多分、家族全員、家にいる。」
「あ、そっか…。………じゃあさ、ちょっと遠いけど、うちに来る?」
「お前んち、土曜人いないのか?」
 なんと答えようか、ちょっと考えた。けど、親しくつきあっていればいずれは知れることだし、と思い、事実を話すことにした。
「父は、不規則で忙しい仕事の人だから、多分いない。休日は大抵いないしね。
 ………母は、えーと…そもそも、いないので」
 少しの緊張と、日頃あまり会話をしないためか、どう言葉にしてよいのかわからず、なんだか変な表現になってしまった。すぐにはあたしの言うことを理解できなかったのだろう。北原くんは、一秒くらいまじまじとあたしを見つめてから、気まずそうに視線を逸らした。
「悪い…」
「気にしないで。いなくなったわけじゃなくて、もともといないん……ってのも変か。つまりさ、あたしを産んですぐ死んじゃったらしいので、顔も覚えてない。だから、なんてことないんだよ。」
 あまり気がねされるのも気分がよくないので、あたしは努めて淡々と、そのことを語った。
 これは、本当だ。実を言うと、名前も憶えてない。小さい頃、父に聞いた記憶はあるのだけど、今は忘れてしまった。母がいないという、そのこと自体を、悲しいと感じたこともなかった。もっとも、その事実がいろんな形で間接的に作用して、嫌な気持ちになったり辛い思いをしたことは、数え切れないくらいあったけれど。
「そんなことよりさ、明日。都合、悪い?」
「…いや、オレはいいけど…いいのか?」
 今の話を気にしているのか、それとも、積極的なあたしに戸惑っているのか、北原くんはなにやら遠慮がちな態度のままだった。もっとも、表情は嬉しそうだ。
「うん。」
 あたしは、にっこりと頷いた。
 ほんとは、ただあたしの方が、北原くんに来て欲しかっただけなのだけれど。土日の二日間も、彼に甘えられないのは、今のあたしには、辛いことだ。
 結局、じゃあ明日の午後に、と言うことになって、その日は家に帰った。


 翌日は、また雨だった。
 そろそろ梅雨の時期だったから、それも仕方のない話ではあるのだけれど、雨だと流石に自転車に乗るのは躊躇われるので、歩いての登下校となる。バスは、利用するのに適当な路線が存在しないのだ。
 雨自体は嫌いではなかったけど、今日は早く帰って、少しでも多くの時間を北原くんとの逢瀬にあてたかったから、あたしはちょっと憂鬱だった。
 北原くんに夕御飯を御馳走する約束をしていたので、帰りに近所のスーパーで買い物をして、家に着いたのは一時過ぎだった。それから、急いで自分の昼食を済ませ、ちょっと考えて、シャワーと歯磨きをしておくことにした。
 案の定というか、父は不在だ。キッチンのテーブルに、帰りは九時以降になるから食事はいらないと言うメモが残されていた。
 3LDKのマンションとは言え、たった二人の家族には広い。うち一人がいないとなればそれはなおさらで、気分によってはときどき恨めしく思うこともあるけど、今日だけは好材料だった。
 北原くんは、二時を回った頃に現れた。インタフォンの音がしたとき、あたしは洗い物の最中だったけど、それをほったらかしにして、彼を自室に招き入れた。

「なんか、緊張してる?」
 北原くんの表情が固い。立ったまま、おちつきなく部屋の中を見まわす態度も、なんだかぎこちなかった。
「ちょっとな…。女の子の部屋に入ったの、初めてだし。……お前の私服姿も、初めて見た。」
 そういえば、あたしもこの部屋に男の子を入れるのは初めてだった。いや、ここに越してきたのは小学校五年の頃だったけど、父以外はもしかすると引越し屋さんくらいしか入っていないかも知れない。
「私服ったって、部屋着だし…。」
 …いや、だから余計なのか。
 とは言え、ほんとのことを言うと、脱ぎ(或いは脱がせ)易いように気は使ってあった。トップスは前ボタンのノースリーブだし、ブラもフロントホックだ。スカートはとりあえずミニで、ベルトの類を使わないタイプ。ショーツはそういう工夫のしようもなかったので、これと言って普通のものだけれど。六月にしては薄着すぎるけど、外出しなければどうということもない。
 やっぱりなんとなく、下着は新しいものをおろした。
 自分の中に、こういう普通に女の子らしい気遣いがちゃんとあると言うのは、意外だったけど、嬉しかった。長い間手入れをしていなかった箱庭で、植えた憶えのない綺麗な花を見つけた。そんな気分だ。
 不意に、疲れたように大きくため息をつくと、北原くんはちょっと不機嫌そうな表情であたしを見た、と言うか睨んだ。怯むあたし。
「え、な、なに?なんか怒ってる?」
「あ、ワリ、そうじゃねえ。」
 北原くんは慌ててそう言って視線を逸らしたけど、すぐにまた同じようにあたしを見つめる。
「とりあえず、抱いていいか?」
「…え、うん、それはあたしも望むところなので」
 戸惑って、ヘンな表現で返すあたし。
 その答えを聞くなり、北原くんはあたしの身体を、自分に押し付けるように、ちょっと乱暴に抱き寄せた。
「はー……」
 ようやく人心地、とでも言うように、大きく息をつく。
「もしかして、やっぱり我慢してた?」
「……まあな。」
「遠慮すること、なかったのに。昨日はもう、平気だったんだしさ。」
「かっこ悪いだろ、あんまりがっついてるのも」
 言いながら、北原くんはあたしのお尻に手を回して、ショーツの上から撫でまわしはじめた。恥ずかしいけど気持ちがよくて、うっとりしてしまう。
「それにお前、幸せそうに寝てたからさ、起こしたくなかったってのも、本当なんだ。」
「ごめんね。北原くんのそばだと、安心、するんだ。」
 顔を上げて、あたしはにこりと微笑んだ。
 作り笑顔さえ滅多にしないのに、北原くんの前だと、意識しなくても笑えるのが、なんだか嬉しい。
 それが合図になったみたいに、あたしたちはどちらからともなく唇を合わせた。軽いキスを何回か繰り返してから、ディープキス。
 洋画のキスシーンみたいだといいな、と頭の隅で思う。やっぱり歯を磨いておいてよかったな、とも。
「んふ…」
 いったん離れて、並んでベッドに腰掛けて、またキス。お互いの唾液を交換するうちに、だんだん頭の中が、ピントがずれたみたいにぼーっとしてくる。
 不意に、北原くんは、あたしのショーツの中に左手を侵入させてきた。
「…んっ」
 反射的に抵抗の声を上げそうになるけど、右手で頭を押さえられてて、キスを中断することも許されなかった。そのままどうすることも出来ずに、割れ目をなぞるような北原くんの指の動きに、身を委ねる。
 一度は経験したことだけど、いざとなるとやっぱり恥ずかしかった。でも、ヘンな話しだけど、恥ずかしいことをされている、と言う意識も、快感を高めているような気はする。
「ん、んふ…んぁ…はふ……」
 ようやく唇を解放された頃には、あたしのその部分は、もう湿り気を帯び始めていた。
 侵入させたときと同じ唐突さで、北原くんはあたしのショーツから左手を引きぬいた。
「あ…やめないでぇ……」
 思わず言ってしまってから、恥ずかしくなる。鼻にかかった声音も、俄かに自分のものとは信じられないくらい媚態に満ちていた。
「ちょっと待てって」
 北原くんはあたしより余裕があるのか、くすっ、と笑うと、腰の横でスカートをとめるボタンに手をかけた。
 あ、そっか、服、着たままだったんだっけ…。
 慣れない手つきで、北原くんはあたしの服を脱がして行く。あたしの方も、彼が脱がせ易いように、腰を浮かせたり、肩をすぼめたりして協力した。
 はじめての時は、その気になったときはもう全裸だったし、そもそも自分で脱いだから、こういうのは初体験だ。そう意識してしまうと、なんだか激しい興奮を感じた。
「早沢、身体、綺麗だよな…」
 全部脱がせてしまってから、北原くんはあたしの全身を見て、まじまじと言った。
 テレ屋のクセに、ときどきすごく恥ずかしいことをさらっと言う人だ。意図的なのかどうか、羞恥心を刺激され、手で隠したくなる衝動を抑えるのに、あたしは必死だった。
「そ、かな…。やせっぽちだし、あんまり自信、ないな…」
「胸の形とか、すごく綺麗だよ。華奢なわりに、大きいし…」
 言いながら、北原くんはそのあたしの胸に、両手で覆うように触れる。そしてそのまま、ゆっくりと揉み始めた。
「あ…ん、北原くん……気持ち、いい…。んふ…」
「サイズ、どのくらい?」
「……えと、ななじゅ…ぅん…、はち、B」
 一瞬迷ったけど、素直に答えた。どんな些細なことでも、自分を知られることで、少しずつ本当に彼の物にされていくように、思える。
 ちなみに、残りは順に、53、76。身長が152cmしかないことを考えに入れても、数値だけで華奢だとわかるサイズだ。体重だって、実は40kgを切っているのだ。ただ、北原くんの言う通り、胸は大きめだった。あくまで、華奢な割には、だけど。
「早沢、言うこと、なんでも聞くって言ったよな…」
 指先で軽く乳首を摘まみながら、耳元で囁く。
「んふ…ぅん…」
「……口で、して欲しい」
 喘ぎ混じりにあたしが頷くと、北原くんは暫く迷うように黙り込んでから、どことなく後ろめたそうに、言った。
 いずれ、そういうことを要求されるだろうとは、思っていた。でも、こんなに早くとは予想していなかったので、あたしは思わず言葉を詰まらせてしまう。
「あ……えと…」
 見上げると、北原くんと視線がぶつかった。期待と不安の入り混じったような顔をしている。
 彼の表情の意味は、なんとなくわかった。口での奉仕を要求したことで、あたしに軽蔑されやしないかと恐れているのだ。
 ごくん、と唾を飲み込む。
 心の準備はまだだったけど、一度断れば、今後彼を萎縮させてしまう結果になるだろうことは予想できた。それは、あたしの望むところではなかった。
 そうでなくても、彼はまだ、「恋人でもない女の子との性行為」に、後ろめたさを感じている風である。反面、それを征服することに興奮を覚えるから、こういう要求もしてみたくなるのだろうけれど。
 いいよ、と言おうとしたけど、緊張で胸が詰まって、うまく声が出せない。代わりに、あたしは床に下りて、北原くんの足元に跪いた。そこから、彼の顔を、上目使いに見上げる。
 恥ずかしさに顔が熱くなって、目の前がくらくらするのをどうにか我慢しながら、あたしは「こくん」と頷いた。

 北原くんは、しばらく茫然としたまま、恐らく真っ赤に染まっているであろうあたしの顔を見つめていた。それから、はっとしたように我に帰って、ズボンのファスナーを下ろして、焦っているのか何度も手間取りながら、自分のモノを取り出した。
 まともにそれを見るのは、初めてだった。
 既に膨張しきって、上向きにやや反り返っているそれは、北原くんの他の部分に比べて沈んだ色をしていて、なんだか凶悪に見えた。そこだけが、別の生き物みたいだ。
 当然だけど、他の人のを見たことだってなかったから、彼のモノが、他人と比べて大きいのかどうか、あたしには判断がつかない。けれども、こんなものが、自分の秘唇を押し開いて、身体の中に侵入したのだと思うと、あの痛さも納得がいった。
 ようやく覚悟を決めて、あたしは北原くんの股間に顔を近づけた。
 けど、それが視界の中で大きくなるのに比例して、躊躇いも増す。もう、舌を伸ばせば届いてしまう位置まで近づいてから、あたしはまたしばらく躊躇した。
 口を開けば、あたしの意思に構わず、挿入されてしまうかも知れない。そう思うと、踏ん切りをつけることが出来なかった。同じ理由で、視線を逸らすことにも、不安を感じる。
 たっぷり十数秒間悩んだ末、舌を伸ばすことを諦めて、キスをするみたいに、閉じたままの唇をその先端につける。その途端、まだ何をしたわけでもないのに、北原くんは小さく呻きを上げてぴくんと反応した。
 不思議なもので、たったそれだけのことで、これが北原くんの身体の一部であることを、意識に刻むことが出来た。恐怖と不安が、少し取り除かれる。
 その先端から、横の部分にかけて、同じように、閉じたままの唇を這わせた。
 根元の方に近づくにつれて、頭の入るスペースが狭くなり、上手く出来なくなることに気づいて、無意識に右手を添えた。直後に、自分の行動を自覚して恥ずかしくなったけど、その頃には、もうそれに口をつけることに対する抵抗はかなり薄れていた。
 片側への愛撫を終えたあと、もう片側に顔の位置を変えようとして、ちょっと考えて、やめる。
 意を決して、同じ側面に、今度は舌を這わせた。
「んふ…ん…ふぅん……」
 この状態だと口での呼吸は辛くて、どうしても鼻にかかった声が漏れてしまう。それが殊更にいやらしく聞こえて、自身の興奮を煽った。触れられているわけでもないのに、下腹部が熱くなるのを感じて、戸惑う。
 こんなことで感じてしまう、自分の反応が信じられなかった。
 フェラチオ、と言う行為があることは、知識として知ってはいた。そしてそれは、「ほんとはしたくないけど相手の為にする」ことが価値なのだと、漠然と考えていたのだ。けど、今あたしは、こうしてフェラチオに耽ることに、確実に官能を刺激されていた。
 それは、直接の刺激とは違って、なんて言うか、「快感の素」みたいなものを、体内に溜め込んでいるような感じだ。それ自体が快感ではないけれども、それを多く溜めておけば、実際に触れられた時の気持ち良さが増すような気がして、いやでも期待せずにいられない。
 いつのまにか、あたしはフェラチオに夢中になっていた。
「ん…んふ、んん…ふ……」
 やがて、全体を満遍なく舐め終えて、次の段階に進む時が来た。
 ちらっと見上げると、ちょっと切なそうな、恍惚とした表情の北原くんと目が合ってしまい、あたしは少しだけ我に帰って恥ずかしくなった。それでも、自分の、恐らくは拙いはずの口唇奉仕で、彼がちゃんと悦んでくれていることが、嬉しく思える。
 小さく息をついて、あたしは上から覆い被さるように、彼のモノの先端を口に含んだ。あんまり、大口を開けている顔を見られたくなかったのだ。
 口の中に、なんとも言えない生臭さが充満した。
 なけなしの知識で、歯を立ててはいけないってことは知っていたけど、実際にやってみると、それは結構大変なことだった。続けていたら、すぐに口がだるくなりそうだ。
 などと、状況に酔って思考をぼやけさせながらも、どこか冷静に考えていたけど、それもそこまでだった。
 頭を、両手で掴まれる感触。次の瞬間、喉の奥が、猛烈な異物感に襲われた。
「んっ…ぐっ…」
 一瞬、何が起きたのか理解出来ない。
 たまらず吐き出したくなるけど、そのままの状態で頭を押さえられてしまって、どうすることも出来なかった。
 必死に呼吸を整えて、どうにかパニックから回復する。
 ようやく、喉の奥まで無理矢理挿入されたのだと、理解出来た。
「んんっ…んーっ…」
 喋れないまでも、唸るようにして苦痛を訴えてみる。けれども、一向に解放してくれる気配はなかった。
 北原くんが、今のあたしの状態をわかっているのかどうかわからないけど、とにかく一度終わるまで、放してくれないつもりなのだろうと、思った。仕方なく観念して、口での奉仕を再開する。
「ん…んぐ…んむ……」
 頭を固定されてしまっているので、動きが著しく制限されてしまい、思うように出来ない。それでもあたしは、口を犯す剛直に必死に舌を絡め、吸った。
「んぐ…む…ぅん…ぐっ…」
 そのぎこちない行為に焦れてか、北原くんは唐突に、両手で抱えたあたしの頭を、揺するように前後に動かし始めた。それに合わせて彼自身も、腰ごとの抽送を開始する。彼のモノに、何度も繰り返し喉をこじ開けられ、あたしは激しい嘔吐感に見舞われた。
 満足に呼吸も出来ず、涙がこぼれる。もう、自分の方から何かをする余裕なんてなくて、ただ、歯を立てないことだけ意識しながら、あたしは蹂躙に耐えた。
 そうこうするうちに、次第に北原くんの動きがすばやく、小刻みになって来た。
 三日前の、初めてのセックスの経験から、終わりが近づいていることが予想出来た。
 このまま射精されてしまうのだろうか、と言う不安を憶える間もなく、その瞬間は訪れた。
 びくん。
 口の中のそれが大きく脈打ったかと思うと、次の瞬間、喉の奥に、断続的に生暖かい粘液が流し込まれる感触。
 反射的に閉じはしたものの、直前まで必死に酸素を求めていたため、少し気管に入ってしまい、咳き込みそうになった。けど、この状態で気管を開けば、もっとひどい状態になるのは目に見えている。あたしは、とにかく今の状況を脱したくて、口腔内を満たす精液を、夢中で嚥下した。
 どうにか半分以上を飲み下したころ、北原くんはようやく、あたしの頭に添えた手を放して、腰を引いてくれた。
 最後に一度、大きくごくんと飲み込んだ後、とうとう耐えきれなくなって、残りの白濁液と一緒に、北原くんのモノを吐き出して、激しく咳き込んだ。
「ぐっ…げほっ…ごほっ…けふ…うえ…」
 咳をするたびに、一緒に吐き出した精液が、ぼたぼたとフローリングを汚す。けど、そんなことに構っていられる状態じゃなかった。
「はあ…ふう…はふ…は…」
 床にうずくまった体勢のまま、長い時間かかって、やっとの思いで呼吸を整える。我に返ると、いつのまにか北原くんがわきにしゃがんで、汚れた口の周りをハンカチで拭ってくれていた。
「大丈夫か?」
 心配そうな声音だ。
 北原くんも、まさかあたしがこんなに苦しむとは思っていなかったのだろう。実際、端から見ればあたしの苦しみようは尋常じゃなかったと思う。自分でも、胃の中身まで吐いてしまわないのが不思議なくらいだった。
「くふ…は…。ん、平気…。」
 まだはっきりしない頭と、ぼんやりとした声で、回復を伝える。
 呼吸が戻っても、思考はくらくらしたままだ。けど、それは酸欠ばかりが原因ではなかった。
 いつのまにか、股間から溢れた蜜が、太腿の内側までをべったりと濡らしてしまっていたのだ。あたしの思考を鈍らせていたのは、快楽を求める下腹の疼きだった。
 状態を自覚して、あたしは信じられない気持ちになった。
 自分の意志でそうしていたときはともかく、後半は、殆ど陵辱されていたようなものだ。それで北原くんが気持ち良くなってくれるのだと思えば、心底嫌ではなかったけれど、肉体的には、苦痛でこそあれ、快楽ではなかったはずなのに。
 それでも今、はしたなく内腿を濡らしている愛蜜が、あの間に溢れたものであることは間違いない。
「早沢、ほんとに大丈夫なのか?」
 考え込み、顔も上げずにいたあたしの態度に心配になったのだろう。北原くんは、あたしを覗き込むようにして、言った。
「あ…ん…ほんとに、平気…」
 顔だけを上げて、しどろもどろに答える。でも、視線がぶつかった途端に、鼓動が跳ね上がり、体温が上がった気がして、慌てて目を逸らしてしまった。
 それと同時に、下腹の疼きも増す。ものすごく熱くて、そこだけが蕩けてしまったみたいに思えた。
「ごめんな…苦しい思いさせて。ちょっと、休むか。」
 とても、言葉通りに平気だとは思えなかったのだろう。北原くんは、ちょっと気まずそうに言うと、立ちあがって、あたしから離れようとする。
 あたしは慌てて、すがるように彼を引きとめた。
「待って、違うの…。その……」
 どうしよう。何をどう言えばいいんだろう。
 まだ完全に思考力が回復しないあたしは、軽いパニックに陥っていた。考えを整理することも出来ず、肉欲に追い立てられるように、衝動的な行動に出てしまう。
 上体を起こし、膝立ちになろうとしたけど、脚に力が入らない。しかたなく、そのまま床にぺたんとお尻を下ろす。ちょうど、正座のような格好だ。
 それから、自分の女の子の部分が彼によく見えるように、両脚を広げて、上半身を後ろに傾けた。
 身を焦がすような、激しい羞恥を感じる。でも、そのことが余計に、ともすれば溢れ出そうになる理性を、思考の奥底に閉じ込めた。
「きた…はらくん…見て…ぇ…。」
 顔を背けて、瞼をきつく閉じ合わせたままで、必死に声を絞り出した。
「……!」
 あたしの状態を見てとったのだろう。北原くんが、息を飲む気配がした。
「早沢……」
 茫然とした声。
 あまりの恥ずかしさに、涙が溢れる。けれども、羞恥心を刺激されるほど、下腹部の疼きも増すことを、もう自覚しないわけにはいかなかった。
「ひ…あふ…くぅんっ…」
 突然、股間に触れられる感触を憶えて、あたしはたまらずに、大きな声を上げてしまう。
 目を閉じている間に、北原くんはあたしの前に屈み込んでいた。
 本当に、ただそっと指で撫でられただけだったのに、全身に電気でも流されたみたいで、その一瞬、息が詰まった。
「早沢、すごい、濡れてる…」
 北原くんは、触れた時に付着した愛蜜を、自分の指の間で弄びながら、信じられない様子でそう言った。
「はぅ…は…ふ…はぅ……
 お願い……あの…もっと、いじってぇ……」
 半分涙声になって、愛撫をねだる。
 いっそのこと、自分でしてしまいたいと言う衝動を抑えるのに、あたしは必死だった。こんな状態でも、流石に人前で自慰を始めてしまうことには躊躇いがあったし、どうせなら彼に、して欲しかったのだ。
「早沢……その、なんで…?」
「わか…んない…よ…。口で、してるうちに……
 ……ん…、ふぅん……それより……お願い…あたし、もう……」
「わかった…」

 あたしは、北原くんに抱え上げられて、ベッドの上に横たえられた。そして彼に言われるままに、枕を抱きかかえて、お尻を高くあげた格好で四つんばいになる。
 屈辱的で、死ぬほど恥ずかしい体勢だけど、かまっている余裕は、今はなかった。
 北原くんは、あたしのお尻の方に陣取って、指での愛撫を始めた。
 もうすっかりぬかるんでいるその部分は、容易に彼の指を受け入れた。
 最初のうちは勝手がつかめないのか、中指だけを使っていたけど、しばらくして、薬指も加えて二本の指を交互に抜き差しし始めた。その動作のたびに、くちゅくちゅといやらしい音がたつ。
「はぁっ…んく…ふわぁ…ん……」
 あたしは、既に恥も外聞も忘れて、膣内を蠢く快感に身を委ねていた。
 初めてのとき、舌での愛撫を受けたときも、ものすごく気持ちいいと思ったけど、今あたしを襲っている快感とは比較にならない。多分、あたしの気持ちが、前回よりもずっと盛り上がっているせいだ。
「早沢、可愛いな、お前…」
「あ…はっ…ふぁ…ん、や、はぁ…」
 一度射精を済ませてしまっているせいか、北原くんの声は、少し上ずってはいるけど、余裕が感じられた。
 あたしの方は、全身がすごく敏感になっているみたいで、耳元で囁かれた他愛ない言葉にさえ、過剰に反応せずにいられない。今回は、完全に彼に主導権を握られてしまっていた。
「ひ…ぁあんっ、くふっ…ひぁ…はぁん…」
「お尻の穴も、綺麗な形、してるな…」
「やっ…あん…んく…み…ないでぇ……」
 指の挿入に加えて、時折フェイントのように、割れ目の頂上に位置する突起を撫でたり、軽く摘んだりと言ったことを繰り返し、同時に言葉であたしを刺激してくる。北原くんにしても、こんなことをするのは初めてのはずだけど、気持ちに余裕がある分、どうすればあたしに快感を与えることが出来るのか、考えてくれているようだった。
 最初は、股間と膣内だけに集中していた快感が、だんだん、うねるみたいに広がってくるのを、あたしは感じていた。今では、その触手に、全身を内と外から絡め取られてしまっているかのようだ。
「くぅん…んっ、ひぁ…あふ…はぅん…」
 もう、頭の中が真っ白になったみたいに、余計なことは何も考えることができなかった。ただ、少しでも多く快感を得られるように、自分の内部をかきまわす彼の指にひたすら意識を集中し、その動きに合わせて夢中で腰を振った。
 一瞬、得体の知れない予感みたいなものを感じて、全身を緊張させる。
 次の瞬間、お腹の奥からせりあがってくるような、ものすごい快感の波が全身を貫いた。
「あ、あ…はぁ…あ、ああああぁん…っ……」
 痛いくらいに背中を反らせ、なりふり構わず大きな喘ぎ声を上げて、あたしは意識の全てを動員して、貪るようにその感覚を味わった。
「は…ふ……ぁふ…」
 それが済んでしまうと、快感はうそみたいに引いて、全身から力が抜けた。
 そのまま「くたっ」とベッドに身体を沈める。残った気だるさがなんだか心地よくて、身体を動かすことが出来なかった。

 うつぶせのまま、まだ動けずにいるあたしを、北原くんは抱えるようにして仰向けにさせた。そして、覆い被さるように、圧し掛かってくる。
 いつのまにか、彼も全裸になっていた。
「あ、や…ちょっとだけ、休ませてぇ…」
「だめ。」
 まだじっとしていたい気分だったので、あたしはそう哀願したけど、北原くんはにべもなかった。
 けれども、過敏になった身体は、まだそのままだったみたいで、ちょっと触れられただけで簡単に快感が甦って来る。
「あぁ…ん…」
「早沢、さっき、イったのか?」
 胸をふにふにと愛撫しながら、北原くんはそう訊いてきた。
「え…ぁ、わかんない……でも…、うん、多分……」
 多分、あたしはあのとき、イったのだと、思う。
 今は比較的冷静さを取り戻していたので、そのときのことを思い出して、真っ赤になりながらしどろもどろに答えた。
 その答えを聞くと、北原くんは嬉しそうな、ほっとしたような表情になった。
「そっか、よかった。
 ……なあ、もう、準備できてるよな…?」
「ん…」
 視線は外したまま、彼の言葉に控えめに頷く。
 なんの準備かは、聞き返すまでもなかった。答えを言わないうちから、北原くんが自分のモノの先端で、あたしの入り口を突ついてきたからだ。
「あ…んく…」
 北原くんは、一度深呼吸をしたあと、躊躇なくあたしの中に侵入してきた。まだ生まれてたった二度目のセックスだと言うのに、圧迫感は大きいものの抵抗はあまりなく、一気に突き入れられてしまう。
「んっ…ふぁああん…あ…」
 流石にまだ、少し鈍く痛んだけれども、それよりも興奮の方がずっと大きくて、あまり気にならなかった。一度絶頂を(多分)迎えたことで、快感に対して過敏になっているのと、前回とは比較にならないくらい濡れているおかげかも知れない。
 北原くんは、何かを確かめるように何回か抽送をした後、また動きを止め、それからあたしを抱え上げて、体勢を変えた。
「ひゃぁん…ん…なに…?」
 腰掛ける北原くんに、跨るような姿勢にさせられる。この体勢だと、あたしと北原くんの目線が、だいたい同じ高さになった。
 なんとなく、それが当然の流れのように、二度三度とキスを交わす。
 前回は、ひたすら痛いばかりで、ただ耐えるので精一杯だった。でも今は、じっとしていても、身体を内側から圧迫される感触を、じっくりと意識することが出来た。お腹の中に、しっかりとした存在感のある異物が入っているのを意識することに、なんだか妙な興奮を覚える。
 キスが終わっても、北原くんはじっとしたまま身じろぎもしなかった。
 もどかしさに、焦れる。
 自分から腰を動かしたい衝動に駆られたけど、戻った理性が先程の恥態を思い出させて、躊躇ってしまう。けれども、北原くんはあたしの恥らう気持ちを見透かしたみたいに、どこか面白がるような口調で、言った。
「早沢、自分で、動いてみろよ」
 そのセリフを聞いた途端、意識してしまって、下半身が緊張する。自然と膣口が締まり、中の彼のモノが相対的に大きくなったように思えて、それだけで感じてしまう。
「あ…は…ぁん…」
 物理的な感触なのに、切なさに似ている、と思う。そのほんの僅かな刺激が、あたしの理性に穴を穿った。
「その…しがみついて、いい…?」
 意識の、最後に残った冷静な部分で、どうにか声を絞り出す。
 さっき味わったばかりの絶頂は、頭がおかしくなりそうなくらい気持ち良かったけれど、自分が自分でなくなるような感じがした。あたしは、もう一度あんな風になることが怖くて、それで、腕の中に、今の場所に自分を繋ぎ止める確かな感触が欲しかったのだ。
 でももう限界は目の前まで来ていて、返事を待っている余裕はなかった。あたしは両手でぎゅうっと北原くんにしがみつくと、おずおずと腰を上下に動かし始めた。
 やっぱりちょっと痛いけど、快感のほうがはるかに上回った。
「あん…はぁ…ん、ふあぁん…あ…イイ…」
 始めは、探るようにゆっくりと。
 けれども、指でのときとは比べ物にならないくらい、内壁の奥のほうまで擦れるのがどうしようもなく気持ち良くて、すぐに加減をしている余裕はなくなってしまう。
「く…」
 顔は見えないけど、肩越しに、北原くんの気持ちよさそうな呻き声。
 結合部から絶え間なく、ぐちゅぐちゅと濡れた音が聞こえる。
「くはぁん…あ…ふぅ…ん…」
 北原くんに身体ごと密着していることの安心感が、余計に理性を希薄にしていた。
 北原くんは、夢中になって律動を繰り返すあたしをサポートしてくれるみたいに、両手でウエストを掴んだ。そうすることで、乱れがちなあたしの動きを誘導してくれる。
「あ、はっ…ふぁ…んくぅんっ…」
 暫く続けるうちにいつのまにか、あたしは自分の内部の、いちばん疼きの強かった部分を探り当てていた。
 そこを、彼のモノに確実に突いてもらえるように、必死で腰の動きを合わせる。けれども、経験不足の悲しさか、なかなかそう都合よくは行かず、それが切なくて、あたしは余計に夢中で彼を求めた。
「はぁぁん…い、イイの…そこ……あっ…ひゃうん…」
 だんだん、さっきイったときと同じ感覚が、身体を支配しはじめる。同時に怖さも思い出してしまって、あたしはいっそう強く彼にしがみつく。その腕にこめられた力は、もうほとんど渾身と言ってもいいくらいの状態だった。
 それでも、快感を貪ることをやめようとは、微塵も考えなかった。考えられなかった、と言った方が正しいかも知れない。下半身が他の誰かに支配されていて、快感を感じる神経だけが、あたしに繋がっているみたいだった。
 ほどなくして、あたしの全身を、二度目の絶頂の波が襲った。
「あはぁっ…ひぁ、んっ…や…イ…ちゃ、ぁあん…」
 あたしの意志とは無関係に、あたしのその部分は、少しでも強く、大きな快感を得ようと、その瞬間にタイミングを合わせて、いちばん深い位置まで、一気に腰を沈めた。
「イ…あっ…、んっ…くはぁぁぁぁあんっ………」

 最初に一度射精を済ませてしまっていたからなのか、北原くんは、あたしが二度目の絶頂を迎えたときも、まだ少し余裕を残していた。あたしの方が、他愛なく登りつめてしまったせいもあるかも知れない。
 結局、彼が果てたのは、その後にもう一度あたしがイかされた直後だった。その上、コトはそれだけでは終わらず、さらにもう一度、北原くんはあたしを求めた。流石にその頃になると、あたしの方も疲労で感度が鈍っていたけど、それでも一度の絶頂を迎え、彼もそれに合わせてくれるみたいに、三度目にしては早い精を、あたしのお腹の上に放った。
 それから暫く、ベッドの上で寄り添って、二度目にしては多分激しすぎるセックスの余韻に浸った後、一緒にシャワーを浴びて、身体を綺麗にした。
 あれだけのことをした後なのに、頭に理性が戻ると、なんだかいまだに裸を見られるのが恥ずかしく感じて、ヘンな気がするのと同時に、自分が恥じらいを失っていないことにちょっと安心する。なにしろ、今日の自分の乱れようと言ったら、ちょっと尋常じゃなかった気がするので、その後で自分が変わってしまったのじゃないかと、不安に思っていたのだ。
 そうこうするうちに、いい時間になったので、約束通り夕食を作る。疲れてはいたけど、慣れているのであまり苦にはならなかった。小学校高学年くらいから、家事一切はあたしの仕事だったからだ。もっとも、父が家で夕食をとることは、それほど多くはなかったのだけれど。

 食事を終えて、あたしが洗い物を済ませると、時刻はもう七時を回っていた。
 あたしたちは、居間のソファに並んで座って、紅茶を飲みながら、とりとめのない会話をした。例によって、あたしは北原くんに寄りかかって、ぼーっとした幸せな気持ちになる。
「お前、料理上手いな。うちの姉貴なんか、なんにも出来ねーぞ。」
「ん、まあね。」
 やっぱりと言うか、デリカシーのない人だ。ちょっと考えればわかりそうなものだけど。
 でも、今はそのほうが嬉しかった。
 料理はまあ、必要性ぬきにして考えても好きだったから、満足してもらえたのも嬉しい。
「それにしてもさあ、あたしたち、今日ちょっと、はじけ過ぎじゃなかったかなあ?」
 話題を変えようと、思いついたことを言ってみるけど、あんまりあからさまなのもなんなので、またもやちょっとヘンな表現になってしまう。
「そうかもな、悪い。あー…オレはさ、どうしても、お前を気持ち良くしてやりたかったんだ。」
 ばつが悪そうに、北原くんは半眼になってあたしを見ながら、言った。
「責めてるわけじゃないよ。…そう言えば、あのとき、『よかった』とか言ってたっけ。」
「そ。初めてのとき、お前、涙流して痛がってたからさ。
 で、ほんとは二度目でやめるつもりだったんだよ。でも、その、お前のイクときの声、無茶苦茶可愛くて……」
「う…、って…褒めてくれるのは、嬉しいけど………
 …あー………その、また、いつでも、好きなだけ…、聴かせて…あげる…よ……」
 恥ずかしいけど、北原くんが好きなら、ほんとに何度でも聴かせてあげたいと思った。
 それから、多分二人とも、自分の言動が猛烈に恥ずかしくなって、真っ赤になって黙り込んだ。
 そのまま暫く、部屋の中が、なんだか居心地のいいような悪いような、不思議な雰囲気で満たされた。
 何分かが過ぎただろうか。
 沈黙のあと、うってかわって真摯な表情で、北原くんは急に口を開いた。
「……なあ、なんか悩み事でもあるか?」
 その変化に戸惑いつつも、あたしは気詰まりな沈黙が終わったことに、少しほっとする。
「唐突だね。なんなの、急に。」
「さっき、オレの側にいると『安心して』寝ちまうって言ったろ?夜、眠れてないのかと思ってさ。」
「北原くんて、思ったより神経、こまやかだね。」
 凄くわかりやすそうな性格に思えるのに、ときどきつかめない。無神経なのかそうでないのか、わからなくなってくる。
「茶化すなよ。…言いたくなきゃいいけどな。」
 見上げると、心なしかまた赤い顔をしている。テレくさいならそんなこと聞かなきゃいいのに、そうせずにいられないのが、彼の優しいところだ。それだけは、確かに思えた。
「ん…、悩みって言うか…、夜、明かりを消してから、実際に眠るまでの間って、何かを考える以外、することないでしょ?嫌なこと、いっぱい思い出すんだ。それで、眠っても夢みるし。だから、眠るのキライだった。」
「いいことは、思い出さないのか?」
 その、なにげないけど核心をついた問いに、なんと答えようか迷って、あたしはちょっと困ったような曖昧な笑みを浮かべた。
「んー…、そうだね。そう、したいね。」
 出来ればいい、とはあたしも思うのだ。けれども、そうするには、わざわざ思い返すほどの「いいこと」の絶対量が、あたしの過去には少なすぎた。もっとも、ここ二年間は、そういうものを得る努力を自分から放棄していたのだから、文句も言えない。
 そういうことを、今言おうかどうしようか、迷う。
 北原くんも、あたしの逡巡を感じとってか、何も言わずにあたしが自分から口を開くのを、待ってくれている。
 話して、知って欲しかった。でも、喉につかえたみたいに、言葉が出ないまま、数十秒が過ぎる。
 と、そのとき、玄関の方から、聞きなれた声がした。
「ただいまー」
「あ、おかえりなさーい」
 と、習慣で反射的に返事をしてしまってから、北原くんと顔を見合わせた。
「…お父さんだ……」
「もしかして、マズい、か…?」
 大急ぎで、考えをめぐらせる。
 予定では、北原くんとお父さんは顔を合わせたりはしないはずだった。帰宅の予定は九時以降のはずだったからだ。今はまだ八時前。帰宅時間の予告だけは、怪盗のように滅多に外さないのに。
 でも、お父さんはあたしに甘いし、友達がいない風なのを、普段からものすごく心配してる。あたしと北原くんの関係を示すようなものは、目に付くようなところにはない。
「あ、いや、多分平気だから、意識しないで、普通にしてて…。」
「…わかった。」
 北原くんは、ごくりと唾を飲み込むと、首肯した。

「ただいま。誰か来てんのか?」
 父が、居間に顔を出す。とりあえずあたしは、北原くんと離れた位置に、座る場所を移動していた。
「お帰りなさい。えーと…なんだろ?」
 友達、と言うのにはどうも抵抗があって、ついつい口篭もってしまい、目で北原くんにフォローを求めた。
「あ、お邪魔してます。…とりあえず当たり障りのないところで、クラスメイト…か?」
 なんだそりゃ、正直にも程があるよ、とあたしは胸の中で突っ込んだけど、意外にもウケたみたいで、お父さんはぷっと吹き出した。
「そりゃいいや。名前は?」
「北原武生、です。」
「北原くんか。理音が友達を連れてくるなんて珍しいなあ。しかも男の子とはね。」
 破顔一笑。あたしの知り合いが家に来たことが、本気で嬉しいらしい。
「り、りおん…って、早沢の名前か?」
「あ、知らなかったのか。理科の理に音って書いて、理音。」
 これだけ深い関係になっていながら、名前も知らなかったってのものヘンな話だな、と思いながら、あたしは北原くんに説明した。もっとも、これは今この場では、偶然ながら絶妙な出来事だと言えた。お父さんに、あたしと北原くんが、「それほど親しいわけでもない」と言う印象を与えることが出来ただろう、と思う。
「可愛いだろ?俺が付けたんだ。」
 親バカなことを言いながら、表情をだらしなく緩める。もともと、歳相応の重厚さはない顔の造作をしている父だけれど、こういうときは余計にそれが強調される。性格にも、重厚さがないのだ。とは言え、こういう父でなければ、二人きりではやってこれなかっただろう、と言うのも確かに思うことではあるのだけれど。
「恥ずかしいよ、お父さん…」
「そう言うなって。ま、ゆっくりしてけよ。」
「あ、いや、もう遅いし、そろそろ帰ろうかと…」
 あたしのお父さんがどういう人であれ、北原くんにはこの場は針のムシロだろう。どのみち、そろそろお開きの時間だったこともあって、それを理由に逃げ出そうとする。
 お父さんは、その言葉を聞いて、露骨に残念そうな表情になった。
「あー、それもそうかあ。家、近いのかい?」
「こっから2キロくらいです。」
「結構あるな。雨だから、歩きだろう?車で送ってってやるよ。着替えてくるから、ちょっと待っててくれ。」
 言いたいことだけ言うと、反論の隙も与えないまま、お父さんはすたすたと自室に行ってしまった。
 あたしたちは、ふたりとも茫然としていた。
 恐る恐る覗き見ると、北原くんはものすごく緊張して、どうすればいいのかわからないと言った表情をしている。
「…あー、ごめんね」
「若いな、お前の親父さん…。見た目もそうだし。兄貴って言われても信じるかもな。」
 なんとコメントしてよいのか判断がつきかねているのだろう。口の端を引きつらせながら、当たり障りのないことを言ってくる。
「…まあ、実際、まだ四十前なんだけどね。結婚二年で奥さん亡くして、仕事忙しいのに、男手ひとつで子供育てて、苦労人のはずなんだけど……見えないよね。多分、他意はないと思うから、付き合ってあげて。」
「ああ…」
 頷きはしたものの、北原くんの表情から、緊張は抜けないままだった。
 あたしも、胸のうちだけで深く嘆息した。
 お父さんのことだから、道中しきりに彼に話しかけるだろう。いくら正直な彼でも、そうそうボロを出すような真似はしないだろうけど、ともあれ気の毒なことだった。
 いっそ、あたしも着いていってフォローに回りたいところだったけど、出来ればこの時間に、お父さんにお風呂くらい沸かしておいてあげたかったし、バスルームや自分の部屋から、北原くんの痕跡を消しておくこともしなければならない。いくらこういう父親でも、あたしと北原くんの関係を知られたらただではすまないだろうから、これは死活問題だった。そういう意味では、お父さんの申し出は、予定外の事態をフォローするためには、願ってもないことだと言える。
「ほんと、ごめんね。」
 あたしはもう一度、心の底から、北原くんに謝った。

 しばらくして。
 2キロの距離をただ送っていっただけにしては、ずいぶん時間をかけて帰ってきたお父さんは、何を話したものか、よほど北原くんに好感を持ったらしく、しきりに「いい奴だなあ」と彼を誉めて、終始上機嫌だった。
 合意の上だったとは言え、「ただそうしたいから」と言うだけの理由で娘の純潔を奪った男の子を相手に、のんきな人だと、あたしはちょっと胸の痛みを覚えながら、苦笑した。

続く
第二章・了
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