「…は、初めて…だから…」
「う、うん」
ささやく声が震えている。
そばに腰掛けると、ギシッとベッドが音を立てた。
その音に沙耶はびくっと身体を震わせる。
「……ふ、服」
「え?」
「服、脱いだ方が…良い?」
見上げる瞳が反則的に艶めかしい。
「あ、い、いや。そのままで…」
今、沙耶に目の前で服を脱がれたら、俺の理性なんかきっと飛んでしまう。
俺は上着を脱ぎ捨てると、沙耶の横に身体を滑り込ませた。一人用のベッドだから当然二人は身体を寄せ合うようになる。腕をどうしようか?、そのまま沙耶を抱き締めた方が…と考える間もなく、沙耶はそっと頭を上げた。
「ん…」
甘い吐息まじりの沙耶の声に、ぞくりと背中が震える。沙耶は腕まくらをして欲しいらしい。左腕をそっと滑り込ませると、沙耶は嬉しそうに頭を乗せた。
「…あったかいね」
「…う、うん」
「で、でも…もっとあったかく……なりたい…」
「…」
「もっと…」
沙耶の蕩けるような訴えに、俺は沙耶を引き寄せた。
ぎゅっと抱き締め、沙耶の髪に顔を埋める。
このままずっとこうしていたい。
俺は沙耶から感じるぬくもりと、甘い薫りに包まれて、頭の中がどうにかなってしまいそうだった。
「…どうしたの?」
身動き一つしない俺に、沙耶が不思議そうにつぶやく。
いつの間にか、沙耶の両腕も俺の背中に回っていた。
「沙耶って、柔らかくて良い匂いがする…」
「…ぅ」
目の前のうなじがみるみるうちに真っ赤に染まっていく。背中に回った腕にも力が加わる。痛いくらいだ。
「そ、そういう事は言わなくたっていいのっ」
背中をぽかぽか叩く沙耶。
「ご、ごめん」
「こ、こういうのって言葉じゃないんだから…」
俺の腕の中で沙耶は器用にスカートを脱ぎ始めた。
「さ、沙耶!?」
「し、しわになっちゃうから、スカートだけ脱いじゃうね」
上半身はセーラー服のまま、下半身はショーツ1枚という姿のあられもない姿になった沙耶。
俺が辛うじて理性を保っていられるのは、まだ沙耶の身体に直接触れていないからだけだと思う。もし、これが昨日の夜みたいに……。
「ぐ…」
痛い。
まただ。
また胸が痛む。
葉月が泣いている。
俺はそんな葉月の泣き顔から目を背けた。
「沙耶…」
無造作に伸ばした手が、沙耶の胸の形を変える。
「あ…ぅ…」
ちょっと苦痛を感じるのか、沙耶の顔が少し歪んだ。
「い、痛い…」
「あ…」
慌てて手を離す。
何をやってるんだ、俺は。
当たり前じゃないか。こんな事したら。
「…もっと、優しく…ね」
沙耶の笑顔が辛い。
もう駄目だ。
「ごめん、沙耶!」
ベッドから逃げようとする俺を、沙耶は離してくれなかった。それどころか、沙耶はこんな俺を自分の胸に優しく埋めるように抱き締めてくれた。
「ちょっと強引すぎたね」
「え?」
沙耶の顔を見ようとするが、沙耶は俺の頭を抱き締めたまま言葉を続ける。
「教室でも言ったけど、何かに悩んでいるんだ、ってわかってたよ」
「…うん」
柔らかな沙耶の胸に抱き締められ、さっきまであれほど感情が高ぶっていたのに、まるで潮が引いていくかように落ち着いていくのがわかった。
「それでね、私、なんとかしてあげたかったの。もちろん悩みを全部解決させられるなんて思い上がった考えは無かったけど、でも、でも少しの間だけでも紛らわせてあげられるんじゃないかって、好きな人の助けに、支えになってあげたいって」
「沙耶…」
やっと沙耶が解放してくれた。
「だ、だから、こんな風に…恥ずかしいの…我慢して…わ、私…」
「…ごめん」
真っ赤になった沙耶の告白は続く。
「ほ、本当はこういう事だって、ちゃんとデートして、公園なんかに行って盛り上がったりして、そうなってからにしたかったんだよ」
「…」
何も言えなかった。
ここまで俺の事を心配してくれてたなんて。
そして本当に嬉しかった。
「そ、それでね…」
その後の沙耶の言葉は、小さくて聞き取れなかった。
これが本当の沙耶の姿なんだろう。
小さく小さくなって、まるで子猫のように俺の胸に擦り寄っている。
そんな仕草に俺の胸は高鳴った。
と同時に、俺って現金だなあ…と、自分に苦笑する。
さっきまで、積極的な沙耶に葉月の泣き顔が重なって、胸が痛くて仕方が無かったのに、今は沙耶の事が本当にいとおしい。大事にしてあげたい。そして今度は、俺が沙耶をぎゅっと抱き締めていた。
・
・
・
「…え、えと、えと、あの…」
「?」
腕の中の沙耶がYシャツごしにカリカリと胸を引っ掻いている。
「あ…あの…んと…ね…」
「ど、どうしたの、沙耶?」
俺の声にびくっと固まるが、また胸をカリカリしてくる。
「…続き」
「え?」
「続き…して…も……いいよ」
「!?」
今度は俺がびくっと固まる番だった。
つ、続きって…そ、そういう事だよな。ま、まあもともとそういう事だから、二人でベッドにいるんだけどさ、でも、ほら、さっきまでは沙耶が俺のために無理してただけだし、その、ほら…。
「俺だって男だし、今の沙耶ってめちゃめちゃ柔らかくて可愛いし、そういう事凄くしたいけどさ…痛っ!」
ガリッって音が聞こえるほど強く沙耶に引っ掻かれた。
また思っている事を口に出しちゃったのか。
「だ、だ、だから、こういうのって言葉じゃないんだってば!」
「ご、ご、ごめん」
恥ずかしくってどもってしまう俺の手を、沙耶は自分の胸元に当てた。
「…ファスナー、下げるだけだから」
「う、うん」
胸元の隠しファスナーに手をかける。
かん高い音をさせ、ファスナーを下げていくと、純白のレースで飾られたブラが姿を見せた。それだけでくらくらする。
「ちょ、ちょっと待ってて」
手早く沙耶はセーラー服を脱ぎ捨てる。そして、今度は俺のYシャツを脱がし始めた。
「な、何するんだよ」
「私ばっかりこんな姿にさせておくつもりなの?」
沙耶は怒ったように言い放つと、あっという間に俺はYシャツばかりか、下着代わりのTシャツまで脱がされてしまった。
「うん。これで良し」
沙耶は安心したように再び俺の胸の中に収まった。しかし、今度はお互いの肌と肌が直接触れ合っている。
「すっごくあったかい。ドキドキしてるのも聞こえるよ」
「…そ、そりゃあ、ドキドキするに決まってるだろ」
「でも、好きな人と肌が触れ合うだけで、こんなに気持ち良いんだね。知らなかった」
俺は、直接感じる沙耶の感触に、気持ち良いなんてとっくに通り越していた。
「さ、沙耶…」
もう我慢が出来ない。
沙耶を弄びたい。
沙耶のブラに手が…。
「私ね…、本当はまだ怖かったんだ」
「な、何が?」
「自分をあげるって事が」
俺の手はぴたりと止まった。
「でもね、こうして胸の中に収まっているとね、なんだかぼーっとして、ドキドキがどんどん凄くなって、でもなんだか安心できて…な、何言ってるんだろうね、私」
「…」
「だ、だからね、怖くっても平気なの」
沙耶は自分でブラに手を掛けた。
小さい音と一緒に、ふるんっと真っ白な胸がまろび出た。
俺はその儚げに揺れる、今まで誰も見たことがない沙耶の胸を見た時、自分でも思っていない言葉が口から出ていた。
「今日は良いよ、沙耶」
「え?」
俺は沙耶の頭を撫でてやった。
「俺なんかのために、ここまでしてくれて嬉しかった。でも、今日はやめておくよ」
「ど、どうして?」
「やっぱりさ、さっき沙耶が言ってたけど、こういうのって順番って言うかなんていうか、そう言うのがあるよ。俺もそう思う」
自分で自分の言葉が信じられなかった。身体は魅惑的な沙耶の身体にしっかり反応しているのに。でも、手は沙耶の頭を優しく撫でていた。
「…」
「だ、だからさ、ちゃんと…なんていうか、ゆっくりと進んで行こうよ」
「…うん」
「…」
「…」
俺はそっとベッドから起きあがり、沙耶に布団を掛けた。もう一度沙耶の躰を見て、自制心が持つとは思えなかった。と言うより、沙耶の言葉がなかったら、間違い無く…。
「じゃあ、俺帰るよ」
「ん…」
「沙耶」
「なあに?」
「風邪、引くなよ」
一瞬きょとんとした沙耶は、次の瞬間真っ赤になった。
「ば、馬鹿…」
「また学校でな」
「うん」
学生服にきっちり身を包み、俺は沙耶の部屋を後にした。
「あ、そうだ」
一言、沙耶に言っておかなきゃな。
「な、何? 何か忘れ物?」
「いや。…今日はありがとう」
真っ赤になった沙耶は手だけ振ってくれた。
最後の言葉の意味を、沙耶がわかってくれたのかどうかわからない。
でも、沙耶に言われた言葉で、俺は少し悩みが少し晴れた気がしていた。
葉月との事が。
・
・
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俺は、朝出かける時とは比べ物にならないほど足取りも軽く、家路を急いだ。
内心は「やっぱり惜しかったかな」と、沙耶の魅惑的な肢体を思い出しながら。